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最終章 誰よりも大切なあなたへ
半年ぶりに結生君に会うのだと、涙ははしゃいでいた。もう、涙は大学生になって、ずいぶんと楽しい生活を送っているみたい。でも、今朝の涙は一段と嬉しそうで、見ている私まで楽しくなってしまうくらいだった。
夏休みだから、結生君は一週間くらいこっちに泊まるらしい。私は「楽しんでおいで」って送り出すつもりだったけれど、涙が「今日だけ一緒に来て」とさそってくるから、ちょっと遠慮もあったけれど涙についていくことにした。
「母さんのこと、ずっと大きな海に連れていきたくて」
涙はそう言って、私をこの海に連れてきてくれた。どうやら、私が海が好きだっていうこと、覚えていてくれたみたい。微笑んで私の手を引く涙は、王子様みたいだった。
涙――すごく、大きくなった。かっこよくなったね。いつまでも、私を幸せにしてくれる王子様でいてほしい――けれど。
「涙、私ビーチで休んでいるね。二人のこと、見てる」
「うん、わかった。大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫!」
涙は、いつまでも私の王子様でいるわけじゃない。だって――涙には、大切な人がいる。
私はビーチに戻って、パラソルの下でぼんやりと海を眺めていた。浜辺を歩く――涙と結生君を。
結生君は、涙の大切な人。きっと、結生君がいたから、涙は笑顔を知ることができた。涙は幸せを知った。私は涙に何もしてあげられなかったから、ただ、結生君に感謝することしかできない。
ちょっぴり、結生君に、私は嫉妬していた。涙のことを独り占めしているのが、ずるいと思った。でも――それ以上に、私は二人が幸せそうに笑っているのを見て、嬉しくなった。
「あっ……」
遠く離れたところで――二人は、一瞬、触れるだけのキスをした。遠くて、よく見えなかったけれど――その、涙の横顔は、たしかに大人の男の人の顔だった。私の知っている、子供の涙ではなかった。
切なくなった。けれど、幸せでいっぱいになった。
涙が、私の王子様じゃなくなってゆく。そして――一人の男性として、幸せになってゆく。
――涙。私のところへ生まれてきてくれてありがとう。どうか、お幸せに。私はいつまでも――あなたの幸せを、祈っているよ。
波の音、潮風の匂い。
私に手を振る涙の姿が、なぜか、歪んでいた。
私、また、幸せで泣いちゃったみたいだね、涙。
hollow blue
end
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