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童子は母の夢を見る【夏の月・結】
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いっときとはいえ、今しがた腐った芽を荒々しく摘み取った寝所を離れるのは、何とかして後始末を早急に終えたいという焦りがふつふつと涌き出てくる木偶の童子としては後ろ髪を引かれる思いだ。
だが、流石に成人して力がある大人とは言い難く童子に近しい己が独りきりで、これを外にまで運ぶには荷が重すぎたため小刻みに震える足に何とか力を込めて仲間達がいる場所まで音を立てないように慎重に進んでいく。
幸いなことに輩が密んでいるのは、今いる場所から、そう遠くはない。
それに木偶の童子は【種なる脱皮】をするために遂行すべき、この大いなる計画を実施する前に明得から御言葉を頂いていたことを、ふっと思い出した。
『案ずるな。この計画に邪魔をする者など存在しない……木偶の童子よ、そのように愚かかつ余計な恐怖心は捨て去るのだ。そうはいっても、いずれ恐怖など邪魔なだけというのを嫌でも思い知る時がくるだろう。悪鬼は人から滲み出る恐怖心を好む。この屋敷の主人だったものとて、恐怖で縛りつけお主の心を喰らいおった。それを忘れるでないぞ?』
穏やかな笑みを絶やすことなく、ゆっくりとした口調かつ冷静な態度を此方へと向けながら決して取り乱すこともなく明得は言っていた。
何かが木偶の童子の心に引っ掛かかる。
(有り難い明得殿の御言葉とはいえ……解せないこともある……人々をたぶらかす悪鬼がその者の恐怖心を好むというのは納得できなくもない____しかし、だ……屋敷の主人になど恐怖は抱いていない……それは奴が生きていた時のことでも同じこと……むしろ抱いていたのは激しい怒りと憎しみだ……なのに、何故に明得殿はあのような御言葉を____)
そのようなことを考えていたせいか、すっかり作業をする手が止まってしまっていた。
しかしながら、己の世界へと没入している木偶の童子は、それに気付けない。
屋敷の主人であったものの血がついた衣を脱ぎ捨て、処分をした後に軽く洗体をし、闇夜に紛れるにはうってつけの黒衣を身に纏う。
更には、あの惨状の舞台となった寝所へ音を立てずに戻り、屋敷の外から忍び込んだ荒くれ者の仕業だと偽装するべく細工をすると同時に(木偶の童子の)指紋を拭き取ったりといった証拠隠滅の作業も短時間でこなさないとならないのだ。
「____い、おい……っ……いつの間でも夢見心地とはいかないぞ。お主はいったい、何のつもりなんだ……このままでは、我々とて疑いをかけられるのだぞ?無論、そうなれば……の御方とて迷惑こうむるであろうな」
すると、気が気でなかったせいか未だに何かを考え込んでいるかのように周りから見えてしまう木偶の童子に明得の弟子のうちの一人である、希実が忠告してきた。
木偶の童子は、それに答える代わりに膝から崩れ落ち、あろうことか近づいてきて低い声で忠告をしてきた希実の体へともつれるようにして倒れてしまう。
「くそ……っ____体調が悪いのならば、日を改めるなり何かしら方法があっただろうに。だが、しかし……そんなことを今更気にしても致し方ない」
希実は既に黒衣を身に纏っている他の仲間へと目線を移す。
「いいか……こやつの始末は、我が何とかする。貴様らは、最初の目的通りに寝所の後始末をしてこい……くれぐれも音を立てたりはするなよ?」
その瞬間、黒衣の輩は音もなく姿を消すと闇夜に紛れて溶け込むように去って行った。
そして、顔を真っ赤にして苦しげに肩で息をする木偶の童子と、その熱気を帯びた体を支えている希実だけが、虫の音すら聞こえてこない静寂に包まれたその場に暫くの間――残されたのだった。
*
その夜、木偶の童子は不本意ながらも希実という男の【寝所】にて眠りに落ちようとしていた。
【腐った芽が暮らしていた寝所の後始末】を自ら完璧に行えなかった不甲斐なさを、あの御方――【明得殿】は穏やかな微笑をたたえながら嘲笑うだろうか。
それとも、鬼の如く叱責するのだろうか____。
その不安が、顔に出てしまったのか。
それとも、ここにきて今までの疲れがどっと顔に表出してしまったのだろうか。
ふと、先刻まで寝衣へと着替えるために此方へ背中を向けていた希実がゆっくりと振り向く。
その顔は、眉間に皺を寄せて真剣極まりないのが察せられる。
そして、布団に仰向けとなり瞼を閉じる木偶の童子の元へと静かに近寄ってくる。その気配だけで、彼が覗き込むように体を屈めたのが分かる。
そして、突如として唇に柔らかな感触を感じたため木偶の童子は今まで固く閉じていた目を咄嗟に開けてしまうのだった。
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