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第33話

 早朝に釣りをして、タイとスズキが釣れた。戴智はご機嫌で、針を外す間も鼻歌まじりだ。 「食べるのは正月前になるが、尾頭つきのタイで縁起がいいぞ」 「タイは塩焼きにしましょう。スズキはホイルで包み焼きにしましょうか。キノコや玉ねぎ、レモンを入れて」  釣り道具を片付け、クルーザーは南西に向かう。与論島に着くころには、日はすっかり落ちていた。  ヨットハーバーにクルーザーを停め、待ち合わせ場所のカフェまで歩いて一奈と璃子を迎えに行く。 「思ったより寒いですね」  本州の冬に比べれば暖かいのだが、南の島のイメージがある与論島にしては、寒い方だ。 「今は海水浴客がいないからな。釣り客やダイバーにとってはありがたい時期だ」  風は強いが台風のシーズンでもないため、少し薄着でも長袖で行けば充分楽しめる。  待ち合わせのカフェに、一奈と璃子がすでに到着していた。戴智と東に気づいた一奈は、二人に向かって手を振った。 「頼まれていた食材、買ってきたわよ」  商店街のスーパーで食材を仕入れ、夕食はクルーザーでバーベキューだ。 「助かったよ、姉さん。東がタイの塩焼きと、スズキのホイル焼きをしてくれるらしい」  璃子が目を輝かせた。 「いっしょにハマグリやホタテも焼いたらおいしいかもと思って、買っておいたんですよ」  料理ができない一奈は、ハマグリとホタテの区別がつかず、璃子に選んでもらった。 「姉さん、沖縄はどうだった?」  一奈は上機嫌だ。 「冬の沖縄もいいわよぉ。ゴルフしても日焼けの心配は無いし。おいしい物いっぱい食べたしね、璃子」 「ええ。私、一度沖縄に行ったことがあるけど真夏だったんです。意外と寒かったけど、本州に比べると過ごしやすいですね」  クルーザーに戻り、デッキにバーベキューセットを出して、まずは東が塩を降ったタイの切り身を乗せる。 「丸のまま塩がまでもよかったんですが、女性は切り身が食べやすいと思いまして」  新鮮なタイは塩で旨味が出て、身も柔らかくおいしい。  東がアルミホイルの包みを四つ乗せる。しばらくすると、一奈が包みをほどいて中を覗いた。璃子が一奈の腕を引っ張る。 「一奈さ~ん、だめですよ。しっかり蒸さないと」  塩こしょうしたスズキに、旨味が出たシメジと甘み出たが玉ねぎ。レモンとバターのいい香りがする。 「姉さん、料理は全くできないんだから、東と璃子さんに任せておけよ」 「何よぉ、戴智だってできないでしょ」 「俺は魚がさばける」  ホタテやハマグリもいっしょに焼く。パックリ開くとホタテにはバター醤油を乗せ、ハマグリは塩と酒を降る。軍手をはめた戴智が、トングでホタテを皿に乗せて璃子に渡した。 「璃子さん、熱いから気をつけてください」  空になったホタテの殻に、日本酒を入れて再び網に乗せる。温まったところで引き上げ、ふうふうと吹きながら酒を飲む。 「ホタテといったら、これですね」  東も熱々の器で酒を飲む。  戴智があらかじめ用意しておいたぐい飲みを出した。 「璃子さん、火傷するといけないから、よかったらぐい飲みを使いますか?」 「いえ、私もそのままで。少し冷めたらいただきます」 「じゃあ姉さんといっしょに、ベッドルームでゆっくり座って飲んでください。夜風は冷えますから」  用意した食材はあっという間になくなり、魚介類三昧のバーベキューはお開きになった。一奈と璃子はホテルに戻った。  戴智と東はバーベキューセットを片付ける。全て終わったころには、間もなく新年を迎えるといった時刻になっていた。 「初日の出を見たいから、今日は早く寝るか」  シャワーの準備をしている戴智が、東にそう言った。 「ええ、そうですね」  東の返事は素っ気ない。いったいどうしたのか、東の肩をつかんでこちらを向かせると、東は目を逸らせた。 「どうしたんだ、東? 具合でも悪いのか?」 「い、いえ…。大丈夫です」  顔色は悪くないが、何か悩みを抱えているように見える。大丈夫、というのが去勢を張っているようにしか思えない。 「大丈夫じゃないだろ、言ってみろ」 「いえ、つまらないことですから…」  東の両肩に手を置き、少し上にある目をしっかりと見て戴智は強く言った。 「どんなにつまらないことだろうと、お前の気持ちに引っかかってることは取り除いてやりたいんだ」  東もじっと目を見返す。東の表情が緩んだ。 「…やっぱり戴智さんは、僕のことをそんなにも思ってくれてるんですね。安心しました」 「当たり前だろ…。で、原因は何だ?」  東が顔を赤らめる。 「あ…あの…、言っても笑いませんか?」 「笑わないから言ってみろ。俺たちの間で隠しごとは無しだ」  東の頬がますます赤くなる。よく見ると耳まで赤い。 「その…戴智さんが璃子さんに優しいから…ちょっと妬けてしまうな…って」  戴智は何度もまばたきをする。しばらく沈黙が続いたが、戴智がいきなり吹き出した。

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