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第1話 君と僕。
高校三年、最後の梅雨。
暁雪兎は校庭で一人、雨降る空を見上げていた。目を閉じれば雨音のパラパラという音が、切なく聞こえる。雨に濡れて服が肌に張り付いていた。冷たくも感じたし、気持ち悪いとも感じた。
「……………お前、何やってんの?」
後ろから、声がした。誰かはわからない。でも雪兎は振り向きもしなかった。足音が近づいてくる。水を蹴散らす靴。雨音が傘に当たる音。それら全てが嫌いだ。
「おい、返事くらい……………お前、泣いてるのか?」
「……………だったら、どうするの」
雪兎はゆっくり目を開けた。彼の顔を覗きんでいたのは、背の高い黒髪の男子。目つきが悪いな。頬に涙とも雨粒ともいえる雫が伝った。
たいして意味もない雫。なのに止まることはない。悲しいという感情もなければ、寂しいという感情もない。なのに泣いているなんて馬鹿げている。雪兎はそうやって自分を否定した。
目つきの悪い男子生徒は、ボソリと呟いた。
「……………暁、雪兎」
「なんで僕の名前知ってるの」
「名札」
そっか、名札。世の中便利な世界になったね。見ず知らずの人でも簡単に相手の名前がわかるなんて。雪兎は相手の名前を確認した。
黒川志希。クラスのバッチの色からして同じ三年生。彼は首を傾げながら尋ねた。
「雨が……………好きなのか?」
「なんで?」
「雨に打たれているから」
「雨は嫌い、かな」
「じゃあなんでわざわざ濡れてるんだ?」
「さぁ、なんでだろう」
本当に自分でもわからなかった。何故雨にあたるのか。雪兎は濡れた袖で顔を拭う。そんな彼に志希は自分のさしていた傘を差し出した。
「貸すよ?」
「いらない。傘も嫌いなんだ」
「……………?じゃあ何が好きなんだ?」
「……………君が好き」
雪兎はそう口にしていた。はじめてあった男に。名前しか知らない男に。志希はひどく驚いた顔をした。そして、プイとそっぽを向いてしまう。
その耳はほんのり赤く染まっていた。
これが、ちぐはぐな二人の最初の出会いだった。
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