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第1話

 学校は、坂の途中にある。  渡辺(わたなべ)稜而(りょうじ)は、もう洗っても白くならない灰色がかった上履きに、セーターを重ねると少し窮屈な学ランを着て、複雑に繋がる校舎を歩き、最上階の体育館へ向かう。 「中学の卒業式も、高校の入学式も、始業式も終業式も、同じ校長が喋って、校歌を歌うだけで、何の違いもねーのに。時間の無駄じゃね?」 隣を歩く友人の言葉にうんうんと頷いた。 「二週間のあいだに四回も同じことを繰り返すのは飽きる。却って儀式の重要性が薄れる。……と、俺は思うんだけど」  東大進学率全国一位を誇る、中高一貫教育の男子校、明解(めいかい)学園の高校入学式は体育館で行われる。  中学から内部進学した生徒も、高校受験で狭き門を突破し、新たに入学してきた生徒も一緒に五十音順に出席番号を割り振られた。  それでも上履きや制服の真新しさで、高校入学者はひと目でわかる。 「上履き買い換えようかと思ったんだけど、『コウイリ』っぽくなりそうで、やめた」 「わかる。オレも母さんにズボン買い替える? って訊かれたけど、『コウイリ』みたいになるからやめたよ」  内部進学の生徒は緊張感もあまりなく、友人も顔見知りも多数いて、開式までの時間を雑談しながら過ごす。  渡辺稜而という名前は大抵、クラスの一番最後になるのだが、今回はさらに隣に一人いた。  真新しい学ランを着て、姿勢よく静かに座って前を向いていて、稜而はそのくっきりと美しい横顔を見て、声を掛けた。 「コウイリ?」  振り返った顔はますます美しく整っていて、黒曜石のように光る瞳に見入りながら話し続けた。 「コウイリって何?」 「高校から入った生徒のこと。中学から入る生徒は『チュウイリ』っていう」 「ふうん。ナンセンスな呼び方。先に入学している生徒には既得利権でもあるの? それとも同学年なのに先輩風を吹かせて優越感に浸れるとか、そういうこと? とにかく僕は『コウイリ』だよ」 「既得利権や先輩風っていうより、よそ者、闖入者に対するムラ意識みたいなものかな。人間は変化を恐れる生き物だから」 「コウイリはいつまでもよそ者扱いってこと? 祭りの神輿は担げない、みたいな?」 「どうなんだろう。体育祭のときの高校生を見る限り、そんな壁は感じないから、結構早く馴染むんじゃないかな。どうやって馴染むのか訊いたことないけど」 「部活やってないの? そういう環境変化への対処法こそ、先輩に訊いておけよ。そのための先輩だろ」 「確かに。俺、あんまり興味なかったから」 「こうやって隣に『コウイリ』が座ってから、友達になりたい、どうしようと思ったって、今ここに先輩はいない。どうやって僕と友達になる?」 黒曜石の瞳を目の端に寄せて軽く睨まれて、稜而は短い前髪をふっと吹いた。 「とりあえず、握手でいい? 普通の友達の作り方だけど」 「いいよ。僕は渡部(わたなべ)(りん)。倫って呼んで」 「俺は渡辺(わたなべ)稜而(りょうじ)。稜而でいい。これからよろしく」 竹刀を握る稜而と対照的にすべすべと滑らかな手を握った。  倫は大きな目を細め、稜而の手をしっかり握り返しながら頷いた。

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