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第2話

 入学式の翌日には授業が始まる。  稜而は六校時分の勉強道具が入ったナイロン製のリュックサックを机の上に下ろした。ファスナーを開けて中身を掴み出し、机の中へ移していると、教室の前方から声が聞こえる。 「パン当番! 頼む人ーっ?!」  呼び掛けを聞き流しながら机の中を覗き込み、完全には奥まで押し込めない感覚に机の中を覗き込んで、蛇腹になってしまった入学式の式次第を引っ張り出していたら、背中をばたばた叩かれた。 「稜而っ、パン当番って何?」 「パン当番……は、パン当番だけど。当番がクラス単位でパンの注文を取りまとめて、購買に申し込むんだ」 「やってみたい! 教えて!」 「いいけど。倫って、好奇心が強いんだな」 「面白そうなこと、楽しそうなことは、一度はチャレンジしないとね!」  稜而は短い前髪を吹き上げ、わら半紙に刷られたパン申込書を広げている生徒の前に立った。 「パンを申し込みたいんだけど。いい?」 チュウイリのパン当番は、稜而の顔を見るだけで頷いた。 「おう、ワタナベ(リ)、と。……ごめん、まだクラス全員の名前は覚えてなくて。名前を教えてもらっていい?」 シャープペンシルを持たないほうの手で、倫に向かって拝んで見せて、倫は自分の生徒手帳を見せながら名乗った。 「渡部倫。稜而とは違うワタナベなんだ」 「サンキューな。ワタナベ(リ)だと、稜而と同じになっちゃうな。リンって書いておくのでいい?」 「いいよ。……どんなパンがあるの? カレーパン、あんぱん、焼きそばパン、メロンパン。へぇ、フィッシュバーガーもあるんだ。……『もんころバーガー』?」 「結構美味いよ。もんじゃ焼きの具を入れて作ったコロッケのパン」 パン当番の言葉にうんうんと頷きながら、稜而は申込書を指差した。 「でも俺は普通のコロッケパン、二個。あとコーヒー牛乳」 「僕は、『もんころバーガー』と焼きそばパンとメロンパンをお願いします」  ズボンのポケットから二つ折りの財布を取り出し、代金を支払った。 「倫、部活は決めた?」 立ち去ろうとした倫に、パン当番が声を掛けた。 「ううん。まだ勉強についていけるかもわからないし」 「グリークラブに来ない? 早い話が合唱、コーラスなんだけどさ。勉強がわからなかったら、先輩や顧問が見てくれるよ」 倫は少しだけ考えた。 「歌うのは得意じゃないけど、ピアノの伴奏って募集してる?」 「してる、してる! ピアノ弾けんの? ピアノの先輩が卒業しちゃって、めっちゃ募集してる。諦めかけてたけど、募集してる!」 テーブルの上に数えて重ねた小銭が崩れるほど勢いよく、パン当番は机から身を乗り出した。  倫はその勢いにも気圧されることなく、笑顔のままパン当番を見た。 「まだ入部の約束はできないけど、見学してもいい?」 「もちろん! 毎週火曜と木曜、第二音楽室!」 「わかった」 黒曜石のように光る大きな目を細めて頷き、自席に向かって歩き出す。 「そういえば、稜而は部活って何やってるの?」  すぐ後ろを歩いていた稜而は、思い出したように倫に訊かれて、唇を尖らせた。 「剣道部。マネージャー募集してる。誘おうと思ってたのに」 「あはは、ごめん、ごめん。こういうのもご縁だからね。大会に出るときは応援に行くよ」  稜而は唇を尖らせたまま、小さく頷いた。

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