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第1話

 ところどころ窓ガラスが割れた建物が建っている。まるで廃墟を思わせるような、その建物を囲うように幾種類かの雑草や雑木がそびえ立っている。バックミュージックはおろか、虫の音1つしない。  そんな不気味なほど静かな画ばかりが目に映っていたところに1人の青年が建物の方から薮の中を駆けていくという激しいものになる。どうやら、追われているようだ。追いかけている男の言葉から青年の名前は丸居(まるい)というらしく、中肉中背の若者だった。そのカメラワークは意識をしてなのか、丸居の手足や口元が中心に映される。  だが、やがて彼の手足は止まり、その赤い唇も白い布に隠れる中、画面は暗転してしまう。 「あ、その事なんだけど……やっぱり、うんとは言えない」  落ち着いたバーのカウンターの席で、青年が横に掛ける男に自分の気持ちを伝える。  映像の中の青年とは違い、彼は真宮(まみや)という名前だった。彼はとある私立大の薬学部の3回生だが、5月生まれなのと1年浪人したのとで21ではなく、22歳だった。  顔立ちは……整った方ではあったが、美しくて、近寄りがたいというのではない。どちらかと言えば、人から親しみを持たれるような優しげな顔つきをしていた。おまけに、その顔つきを裏切ることもなく、性格もその通りだった。 「ごめん」  だから、だろうか。真宮は昔から男女の別もなく、友達、あるいは、それ以上の関係になりたいと言って出られる事が多かった。 「そう。それならまぁ、仕方ない」  男はマティーニの入ったカクテル・グラスを傾けると、真宮の分の勘定も済ませていった。 真宮がこのバーに入る前、外では梅雨の時期らしくちょうど雷が鳴っていて、雨粒の1つが男達の肩を濡らした。もし、雨が止んでいなければ、真宮と同様に傘を持っていなかった男は濡れて帰る事になるのだろうか。  真宮はそんな事を考えると、男の奢ってくれたオリーブなしのマティーニを飲み干す。酒に好き嫌いはなかったが、オリーブは苦手だと伝えたら、そのようにバーテンダーへ男が注文してくれたのだ。 「優しそうな彼だったのに、何が不満だったんです?」  真宮はポケットマネーで辛めのマティーニではなく、甘めのギムレットを頼んだ。マティーニがミキシンググラスを使って、静かにステアするのに対し、ギムレットはシェーカーを使う為、カウンターの周りはざわついてしまう。  真宮はそのざわつきの後に聞こえた、静かなバーテンダーの声が上手く聞き取れなくて、聞き返してしまう。 「バーテンダーの村井(むらい)と申します。立ち入った事かと思ったのですが、貴方と先程の彼とのやり取りを聞いてしまいました。よろしければ、今晩は私が貴方のお好きなだけご馳走しますので、お話を聞かせてくださいませんか?」  村井の言葉はそのようなもので、真宮にとってそれは思ってもいない話だったが、先程のドライマティーニが断るという選択肢を失わせていたのだろう。  真宮は一言、一言を口の外に零すように話し始めた。 「僕……別に、彼だから話を断った訳じゃないんです」 「ええ」 「どちらかと言えば、女の子とつき合うよりは男の方が気も楽だし、彼は悪い人そうじゃなかった。容姿だって好みだった……」  それから、真宮は普段では決して言わない事を村井に話した。  村井は真宮の話に否定も肯定もせず、新しい1杯を作り始めていた。

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