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[後日談]5

それから数日後、血だらけのザカライアがノアのいる館の前に舞い戻ってきた。 「ザカライア!」 驚いたノアは彼を抱きとめて、館の中に入った。 「ルシアンを殺したの?」 「いえ、私に悪魔を殺す事はできません。ただ弱らせる為に聖なる樹の根で作った杭を心臓に刺したんです。死にはしませんが、しばらく仮死状態になります。少し反撃を受けてしまって……」 ザカライアは疲れたようにベッドに横たわった。 「これで、君は私のものだ」 激しい情熱を宿した氷の瞳に見つめられ、ノアのオッドアイが揺れた。   ─────なぜ? ザカライアもルシアンもどうしてそこまで『ノア』に夢中なのだ。 この二人に気があるそぶりをしたのはこの一年の間だけだ。 それまでは拒み、抵抗しつづけていた。二人の口振りから『ハーフブリードのノア』もずっとつれない態度だったように聞いている。 「少し休んで」 ノアに言われて、ザカライアは目を閉じた。   ノアは腰に下がっていた黄金のチェーンベルトを外して手に持った。 以前、酔っぱらったルシアンをそそのかして、天使の翼の切り落とし方を聞いた。 その時、ルシアンは己の手首を噛み、その血をノアのチェーンベルトに垂らした。 これでこの黄金のベルトは悪魔の祝福を受けた。天使を傷付ける呪われた武器になったぞ、と言われたのだ。 ノアは静かにザカライアの翼の根元にチェーンを巻き付けた。そして力を込めて一気にチェーンを引いた。 「あぁああッッ!」 ザカライアが叫び声を上げ、焦げ付くような匂いと共に片翼がごとりと床に落ちた。ザカライアはのベッドの上でたうち回り、同じようにベッドから落ちてぐったり力を失った。 「……ノア、ノア……なぜ……?」 ザカライアの絶望的な眼差しをノアは冷たく受け止めた。 「俺はあんたのノアじゃない。二人して俺を身代わりにして遊んでただけだ。」 「ち、がう……違う。君はノアだ……私の」 「違うって言ってるだろ! 俺はハーフブリードのノアじゃないんだよ。いくら昔話をされても知らないんだ」 ノアは無様に床に倒れたままのザカライアの横にしゃがんで話し続けた。 「なんで俺に愛されるなんて思ったんだ?」 残酷な言葉と冷たく美しいオッドアイにザカライアの心は引き裂かれた。それに満足したようにノアは微笑んで立ち上がる。 「……どこへ……」 「さあ? 身を隠す方法と生きる術はあんたから学んだ。ルシアンからは男に媚を売る方法を学んだよ。どうにでもなるさ。その翼、時間はかかるけど戻るんだろ? それまでに逃げさせてもらうよ」 「……だめだ……いかないで……ノア……」 悲痛な声で呼ばれて、ノアの足が止まった。 ザカライアを振り返り、少し迷った後にこう言った。 「もし……もし、あんたが、あんたでもルシアンでも、本当に俺にまた会いたいと思うなら……また見つければいい。ハーフブリードのノアじゃなくて、俺に会いたいならな」 傲慢にも感じさせる声音に僅かに切なさを含んだ言葉にザカライアが息を飲んだ。 違う。どちらも本当のノアだ。煉獄にいた時も、今も、変わらずに愛している。 そう伝えたかったが、ザカライアは意識を失ってしまった。ノアはしばらく見下ろしていたが、ふいと視線を外して館を出て行った。 数か月後、ルシアンはようやく目覚めた。胸に刺さっていた杭を引き抜いて粉々に砕いた。 「ザカライアの奴……やりやがったな」 低く、怒りのこもった声で呟いたが、その唇は笑みを浮かべていた。 「ノアだな。やっぱり企んでいたか」 その声はどこか嬉しそうだった。 ルシアンは立ち上がり、手をかざして胸の穴を塞いだ。 ノアは十一年前よりも智慧と狡猾さを身に付けている。見つけるのは前よりも困難だろう。だが、それでこそ追いがいがある。 ルシアンが館の外へ出るとガラガラと館は崩れ始めて、悪魔が漆黒の翼を広げて飛び去った瞬間、吹き消されるように塵になった。 そうして、三人で暮らした館は跡形もなく消え去ってしまった。 end.

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