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第7話
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前回の気まずさを思い返して、少し躊躇いながら、俺はゲームの電源を入れた。いや、そもそも、気まずく感じるのがおかしいんだって。シノさんは優しい。優しいシノさんだから、俺のことも、あんなふうに構ってくれてるんだ。そう割り切る努力をして、俺はコントローラーを握り締める。こんなに緊張してログインするのは、初めてだ。
「こんばんはー」
いつも通りの挨拶を打つと、「ばんわー」「やほー」「おっすー」とギルドの面々から、次々と言葉が返ってくる。その中にシノさんの名前もあって、ほっとしたような、気まずいような、複雑な想いが胸に浮かんできた。
「アキ、レベル上げに行かない?」
ピロリン、と音がして、シノさんからのチャットを報せる。その誘いに少しだけ心臓が跳ねた。
「行く!」
そして間髪入れずにそう打ち込んじゃう俺は、もしかしなくても、単純かもしれない……。
「ついでにストーリーもちょっと進めたいー」
「そういや最近進めてないな」
「うん」
「おけ、やろう」
<シノさんからパーティに誘われました>というウィンドウが出て、やっぱり間髪入れずに、<仲間になる>を選択する。シノさんと俺のキャラの名前が、並んだ。
「んじゃ、行こう」
「はーい」
ゲームの知識量は、シノさんには適わない。レベル上げもストーリー進行も、基本的に、俺はシノさんについていくだけ、だ。申し訳ないと思うこともままあるけれど、何も言わないシノさんに、甘えてしまっている。
レベル上げは、基本的に、経験値がおいしい敵がいるエリアに行って、ひたすら敵を倒すことになる。今のレベルに丁度良いと紹介されたのは、洞窟だ。ガイコツの兵士や、でろでろに溶けそうになっているゾンビがうようよいて、薄暗い雰囲気だけれど、シノさんがいるから心強い。毒にかかっても、体力を減らされても、すかさずに後ろから回復してくれるから、どんどんと敵を倒して行けた。
「シノさんすげー!」
「アキも強くなったよな」
「え、ほんと? ほんと?」
「うん。上手くなった」
「へへ、うれしい」
シノさんに褒められると、すごい嬉しい。
その一言で、ちょっと前の複雑さとか気まずさとか、そういうのも払拭されたから、シノさんすげーって改めて思う。
「こんばんわ♡」
その時だった、ピロリン、と音がして、ギルドのチャットが更新される。可愛らしい記号付きの挨拶は、ショコラちゃんだ。「ばんわー」と俺が打つのと殆ど同時に、「こんばんはー」「ちーっす」「やっほー」と、ギルドの面々が挨拶を返す。シノさんもすぐに挨拶を打っていたけれど、「ばーんわ」と普通のもので、ちょっとほっとしてしまった。
「シノさんシノさあん」
ほっとしたのも束の間、ギルドのチャットで、シノさんが名指しされてぎょっとする。ううう、すごい。女の子って、積極的だ……。
「どうしたー」
シノさんも、一回、戦闘の手を止めて返事をする。
「ダンジョン連れてってくださあい」
そんな直球の問いかけに、うぐぐ、となる俺である。これで一緒に行くことになったら気まずいなあ、とか、いや寧ろここは譲るのが大人じゃね?とか、色んな思惑が頭の中を過ぎって、コントローラーを握る手に力が籠もる。何か、別のゲームをしているみたいだ。
「あーごめん、今アキとPT中」
そんな俺をよそに、シノさんがあっさりと断りを入れてくれて、驚きを隠せない。優しいシノさんなら、低レベルで初心者のショコラちゃんを優先すると思ったのに。
「えー、そっかあ」
「ていうかシノさんとアッキー仲良過ぎじゃない?」
残念そうなショコラちゃんの声に、気まずい雰囲気が流れるのを阻止するように、俺たちをギルドに誘ってくれたリリアちゃんが言ってきた。
「ホモかな?」
リリアちゃんと仲が良い、筋肉ムキムキガチムチオークのクラウスさんも、それに続く。
「ホモだね!」
「えっ」
リリアちゃんが更に頷くのに、思わず驚きの声を上げてしまった。
「アキとならそれでもいいわw」
「し、シノさん……!」
シノさんがノッた!
いやこれ必死で否定すると更に怪しい感じになるやつじゃん。
「愛に性別は関係ないよね……!」
「ひゅーひゅー」
「お幸せにー」
「前々から怪しいと思ってました」
俺が悪乗りすると、傍観していた他のメンバーが、次々と祝福の言葉をくれた。ううう、なんか、フクザツ。
「えー、お二人ってホモだったんですか? そっかあ」
忘れ去られていたショコラちゃんが、更に残念そうな声を上げた。真面目に言ってるのかそうじゃないのか、わからない。中々やるな。
「残念だねえショコラちゃん」
「残念ですう」
「タロウさんが連れてってくれるってよ、ダンジョン」
「わあいお願いします!」
「言ってない」
「誘いますね!」
「言ってない……」
リリアちゃんとクラウスさんのナイスコンビネーションで、何も関係のないタロウさん(超絶イケメンの剣士だ。寡黙なところもカッコいい)が、ショコラちゃんの身元を引き受けてくれた。
「よかったの? ショコラちゃん」
「ん?」
「いや、シノさんと組みたがってたから」
パーティにしか見えない会話でシノさんに尋ねると、シノさんは、何故か俺のキャラの頭を撫でてきた。
「アキのが先約だったし、ストーリー進めたいし」
「おかげでホモキャラになっちゃったけど……」
「アキだし、いいよ」
「そっかー。ありがと」
これで晴れて、俺とシノさんはギルド公式のホモだ。良いのか悪いのかわかんないけど、不思議と、俺の心は、この前よりも大分晴れやかだ。……いやいやいや、ガチでホモなわけじゃないけどね?!
十分レベルが上がった後、メインのストーリーを進めると、あっという間に日付が変わる時間になる。その途中、たまたまショコラちゃんとタロウさんにすれ違ったんだけど、ショコラちゃんに振り回されてるイケメンなタロウさんが珍しく、ちょっとお似合いかも、なんて思ってしまった。
「アキ」
「ん?」
「もう寝ようか」
「今日もすげー楽しかった! ありがとシノさん!」
「おー、俺も。んじゃ、おやすみ、また明日な」
「うん、またねー」
また明日、っていう言葉は、くすぐったいけど嬉しい。
前回のもやもやは綺麗に消え失せて、穏やかな心地で、俺はゲームの電源を切った。
うーん、我ながら、単純だ。
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