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第10話
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週末は、一週間の疲れと、昨夜の呑み過ぎもあって、夕方までぐっすり眠ってしまった。起きると犬塚さんからメッセージが届いていて、【酔っ払いくんはちゃんと帰れた? ゆっくり休むんだよ】と、アフターケアまでイケメンっぷりが発揮されていた。お礼とお世話になったことへの謝罪を返して、家のことを諸々やってから、俺は胡坐を掻いてゲームへと向き合った。
気まずい。
一週間、ログインしてないっていうのも、大分気まずい。
ネトゲにおけるプレイ時間っていうのは割と重要で、少し休んでいただけで周りに置いていかれる可能性がある。幸い、まったり楽しむ人が多いギルドだし、元々そんながっつりプレイしているタイプじゃないから、そこの心配はあまりないけれども。このままゲームにログインしなくたって何が変わるわけじゃない。でも。シノさんからもらった言葉の数々を思い返すと、これきりで終わるのはどうしても嫌で、意を決して俺はゲームの電源を入れた。
テレビの画面に、約一週間振りに、俺のプレイキャラクターが映る。ちょっと放置しすぎじゃない、そう文句を言われたような被害妄想に陥りながら、コントローラーを握った。
「こんばんはー」
と久しぶりの挨拶を打ったら、「ばんわー」「アッキー久しぶり!」「ひさしぶりー」とギルドの皆の温かい言葉が流れてきて、思わず涙しそうになる俺である。そこにシノさんの名前はなかったけれど、温かい歓迎に、ほっとした。
チリン、と、いつもと違う短い音が聞こえて視線を上げると、画面の右上に、メールマークがある。これは、ゲームの中で手紙が届いている、というお知らせだ。例えばそれは運営からのお知らせだったり、友達からの手紙だったりする。中身が気になって、俺は早速アジトにワープした。
アジトの入口前に設置されているポストを調べると、<四件の手紙が届いています>というアナウンスと共に、受信ボックスが出てくる。そのうち三件はゲームの名前が入った運営からのお知らせ、残りの一件は、シノさんからのものだった。
うう、ちょっと、いやかなり、ドキドキする。
こないだのプロポーズへの駄目押しだったらどうしよう。
でも見ないわけにもいかなくて、コントローラーを操作して、シノさんからの手紙を開いた。件名はない。
<アキ、この前はごめんな。俺も色々考えた。もし、まだアキにその気があるなら、結婚しよ。>
「し、し、シノさあああああん」
あああ、リアルに声が出た。
シノさんからの手紙の文面を呼んだ途端、うるっとしてきちゃう辺り、もしかして俺ってば本当にホモに一歩踏み込んでないか、と冷静な部分が顔を出すが、そんなこと言ってられない。
またタイミングよく、「こんばんわー」とシノさんの名前での挨拶が、ギルドのチャットに流れてきた。
「し、シノさん!!」
「おおアキ、久しぶり」
「今、メール見たよ!」
「うん、送ったw」
「結婚して!!!」
「ぶはwww」
つい、勢い余ってまた前回と同じプロポーズを打ち込んでしまった。凝った台詞なんて考える暇はない。「またビール噴いたw」と笑いを表す記号つきで返ってくる台詞に、ほっとする。
「しかし久しぶりだな、元気だった?」
「んー、ふられたショックでインできなかった」
「やっぱりか……」
「わけじゃなくてw」
「w」
「仕事がすげー忙しかったんだよー」
うん、嘘じゃない。けど、「やっぱりか」ってことは、もしかしてシノさん、自分の所為だと思っちゃったのかな。それは申し訳ないことしたなあ。
「シノさん」
「ん?」
「俺、シノさんのこと、幸せにするね」
誓いを新たにしてチャットに打ち込むが、ウィンドウを間違えて、ギルドのチャットに送ってしまった。
「あ、ミス」
と訂正をするが、一気に、「二人とも結婚決めたんだ?!」「おめでとうおめでとう」「やっぱりねー、おしあわせに!」というチャットが流れてきた。
「あ、ありがとう?」
「ありがとう、みんなも式には来てね」
動揺する俺をよそに、さらっと礼を告げるシノさんはスマートだ。
アジトの郵便箱の前に佇んでいると、ワープしてきたらしいシノさんが現れた。改めて姿を見ると、無性に照れてしまう。
「もうすっかり公認ホモになったなw」
「みんな俺らが結婚するのを期待してる感じすらあるね……」
「ネタってことにしとく?」
「って確認が入るとよりガチっぽいよ!」
先程のギルドのチャットへの指摘に、つい突っ込んでしまう。シノさんは笑う顔文字だけ返して来た。そのままシノさんに促されて、アジトの中の、シノさんの部屋に案内される。
「おお、部屋、取ったんだ」
「金が貯まったから、この前ね」
「いいなー、かっこいー」
「アキも自由に使っていいよ」
お金を出せば、アジトの中に、自分専用の部屋を増設できる。この前、リリアちゃんとクラウスさんが入っていったのも、そこだ。シノさんの部屋は、シンプルだ。最低限のベッドとか、チェストとか、可愛らしいモンスターのぬいぐるみとかが置かれているだけだけれど、その設置にセンスのよさが見られる。早速ソファに座らせてもらうと、隣にシノさんが座った。
「ホームページから申し込まないといけないらしい」
「あ、結婚?」
「そう」
この一週間で、シノさんは色々と調べてくれたみたいだ。ノートパソコンを手繰り寄せて、再び、例の結婚イベントについて書かれたページを開く。この特設サイトから申し込むこと、結婚式の日時はゲームの中で決めること、各種特典はイベントが進むごとに手に入ることなどが書かれている。
「しっかりしてるね」
「だなー」
「イベントはゲームの中で進めるんだ?」
「そうみたい」
「楽しそう」
「うん」
「シノさんさ」
「うん?」
「俺に気、遣ってくれた?」
これだけは聞いておかないといけない気がして、俺は勇気をもって問いかけた。優しいシノさんだから、俺がインしないことで自分を責めて、俺と結婚するっていう結末に至ってしまったんじゃなかろうか。
「遣ってないよ」
「ほんと?」
「うん。……この前言ったのも本当の気持ちだけどな」
「気まずくなりたくないっていう?」
「そう。アキがもし女の子だったらどうしよう、とか色々考えてた」
「ええ」
それは知らなかった。
そうか、広いネットの世界だと、そういう話もあり得ないわけじゃない。もしかしたらシノさんが女の人かもしれないし、可愛いショコラちゃんがイケメンかもしれないんだ。でも残念ながら、俺は正真正銘、男だ。26歳駿河秋、しがない会社員、やってます。とまでは、言えないけど。
「ないない、ないよ」
「馬に乗りたいんだろ?」
「そうそう、馬に乗りたいし、シノさんと結婚したい」
「ぶはw」
「女の子のキャラと結婚するのは何か生々しくてやだし、ていうか、俺が結婚するなら、シノさんしかいないなって」
だから、絶対気まずくなんかならないよ。
そう力強く断言すると、シノさんのキャラが、俺のキャラの頭を撫でる。最近、多い気がする。
「うん。きっとアキとなら、大丈夫だ」
「でしょ!」
シノさんの同意に、心がすっと軽くなる。
結婚するのにも色々準備がいるみたいだけど、きっと、二人でならそれも楽しい。
「あ、そうだ、シノさん」
「ん?」
「よければさ、連絡先交換しない?」
パーティを組んでイベントを起こさないといけないなら、いつでも連絡が取れるようにしておいた方が良いだろうと思って、そう持ちかけた。安易に個人情報を晒さない方が良いとはわかっているけれど、相手はシノさんだ。信頼している。
「いや、いやいやいや」
「え、だめ?」
「ゲーム内だけにしよう」
「えええ」
「リアルまでホモになっちゃうだろ」
「え、俺、リアルでシノさん狙ってるわけじゃないよ!」
だめだ、何か話が妙な方向に……。あんまり結婚してアピールをしたから、俺が本気のゲイで、シノさんのことを身も心も狙っているって思われちゃったのかな。そ、それはそれで、困る。
「いや、そういうわけじゃなくて」
「シノさん?」
「俺がな。リアルとゲームを分けて考えるタイプっていうかさ」
「そっかあ」
「アキ、気分転換にダンジョン行こう」
「うん……」
そんな、あからさまに話題を逸らさなくても。
もし俺が女の子だったら、警戒しなくても教えてくれたのかな。
さっきまで浮上していた気分が一転、ずーんと落ち込むんだから、シノさんってば罪な人だ。
そんな気持ちには一先ず蓋をして、シノさんと一緒にダンジョンで敵をばったばったと薙ぎ倒した。ちょっと、すっきりする。
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