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第11話
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結婚システムが導入されるアプデまで、俺とシノさんは今まで通り一緒に遊んでいた。何とか仕事は落ち着いて、今までよりも少しだけ帰宅時間が遅くなるだけで、ゲームする時間は確保できている。犬塚さんとも定期的に連絡を取るようになって、前回会ったときから二週間後ぐらいに、また一緒に飲むことになった。美味しい店見付けたんだ、っていう誘い文句はスマートで、色々と勉強になる。
「なんかこないださー、俺変なこと愚痴ってたよね……?」
早速生ビールを呑みながら、恐る恐ると問いかけてみる。今度の店も薄暗い居酒屋だ。和風の雰囲気で、店員さんが浴衣を着ているのがカワイイ。料理も和食がメインで、さっぱりとしていて美味しかった。さすが犬塚さん、センスが良い。
「ネトゲで結婚がどうのって言ってたな」
「あっは、しっかり覚えていらっしゃる……」
うっかり忘れていたのを期待してたのにー。
「で、どうなったの」
「あー、うん。前回の話はうまくまとまったんだけどさあ」
あ、話すと、凹んでたのを思い出しちゃう。
「またふられたよねー」
明るく言って、枝豆の皮を向いた。緑色の丸い豆を口の中に放り込んで、もごもごと咀嚼する。塩味が利いていて、美味い。
「ゲームの中で?」
「そおそ」
「少しはリアルで何かないの」
「えー」
リアルに話がシフトチェンジするとは思わなかった。俺の最近と言えば、仕事をするか、ネトゲをするか、犬塚さんと呑みに来るか、だ。
「彼女も出来てないんだろ、あれから」
「そーだね、結局犬塚さんだけだし、仲良くなったの」
「俺だけか」
「そ。こういう話ができるのも、犬塚さんだけ」
へらりと笑って、半分程中身が減ったジョッキを掲げてみる。かつんと音がして犬塚さんのジョッキが合わせられて、その直後に、伸びてきた腕に髪の毛を撫でられた。
「うわわ、なになに、なんすか」
「ふられたって、なに」
「連絡先聞いたら断られたあ」
あっさりと促されるから、思わず正直に零してしまう。身体の力を抜いて、テーブルの上に突っ伏すと、「あー、そう」と相槌を打ちながら、宥めるようにぽんぽんと頭を撫でてくれる。
「重いのかなー、俺」
その心地良いリズムについ甘えて、酔いに任せて弱音を吐いてしまう。
「付き合ってくれてるだけなのかなー」
「……リアルでも絡んだら、ガチできみに惚れちゃうとか?」
「ええ?」
「セーブしてるんじゃないか」
「なにそれー」
少しだけ視線を上げる。
犬塚さんの表情は相変わらず穏やかで、決して面白がってはいない。俺の悩みに、付き合ってくれている。
「だって、俺もその人も男だよ」
「わかんないだろ、女の人かも」
「えええ?」
「ネットってそういうもんだろう。顔も、声も、リアルは何も見えない」
「男でも女でもいいけどさあ……」
あ、やばい。
犬塚さんの声が、語り口が、頭を撫でてくれる手が心地よくて、意識がふわふわとしてくる。
「あのひとと、ゲーム以外の繋がりがほしいんだ……」
それくらい、……。
そう言い掛けて、俺は完全に瞼を閉じた。
ここから先の記憶は、おぼろげだ。
「あーあー……」
困ったように笑う犬塚さんの声も、
「無防備すぎるでしょ」
髪の毛に触れた柔らかな感触も、会計を済ませてくれたのも、タクシー呼んで家まで連れて帰ってくれたのも。薄らとは覚えているけど、はっきりとした記憶がない。
次の日の朝、気が付いたら自宅のベッドの上にいて、【酔っ払いクン、宅配完了。風邪ひかないよーに。】なんて、イケメン過ぎるメッセージが届いていたのに戦慄した。さすがに焦ってすぐに犬塚さんに電話を掛けて、謝り倒した俺だった。今度絶対奢ります、まじで。
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