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第18話
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犬塚さんと約束したカフェは、ただのカフェじゃない。今俺たちがやっているネトゲをモチーフにしたカフェで、店内そのものが、ゲームに出てくる空間を意識した作りになっている。店内を四つの区間に区切り、それぞれの種族の出身の国の雰囲気を出していた。まさにそこは、都会の喧騒の中、ビルの地下一階に作られた、異世界だ。
「すごい……!」
犬塚さんに案内されて辿り着き、扉を開けた途端に、俺は思わず感嘆の声を出してしまった。犬塚さんも、物珍しそうに中を見ている。俺たちの姿に気付いた店員さん(コボルトのウェイトレスさんだ。垂れた犬耳と、ふわふわの犬尻尾をつけて、ゲームの中でも装備できる黒と白のメイド服を身に付けている)が、声をかけてきた。
「いらっしゃいませえ、ご予約のお客様ですかあ?」
「犬塚です」
「犬塚様、いらっしゃいましたあ」
甘ったるく作った声に冷静に対応する犬塚さん、流石です……。俺は思わず、ウェイトレスさんの大きく強調された胸元とか、短くひらひらしたスカートの足元から覗く二―ハイとか、そんなものに釘づけになってしまった。まだまだです……。
るんるんとスキップめいた足取りで案内をしてくれる彼女に続いて、席に着いた。案内された場所は、ゲームの中での俺たちの出身地・トレントを模した席だった。周りが緑に囲まれて、テーブルは丸太で出来ている。ゲームの中でもよく目にした光景で、思わずテンションが上がった。
「こちらがメニューですう、よくお読みくださあい」
「どうも」
「うわあ、本格的!」
メニューには、ゲームの中でよく見かける名前が網羅されていた。例えば、トレント名産オムライス、とか、トレドヴァ名物海の幸たっぷりスパゲティ、状態以上回復にリキュール!とか、そんな感じ。写真も載っていて、それぞれ趣向を凝らして、よく特徴が出ていた。
「ちなみにですねー、ご注文いただく度に、お客様……いえいえ、冒険者様の経験値が溜まります! レベルアップすると、素敵なアイテムがもらえるので、がんばってくださいねえ」
これが経験値の溜まるカードです、と手渡されたのは、名刺サイズの紙だ。表には名前を書く欄があり、裏には、経験値という名のスタンプを押す場所と、全て溜まったら交換できる景品が書いてある。そのデザインが、ゲームの中のステータス画面と似ていて、凝ってるなあ、と感心してしまう。そして、商売が上手い。
「すごいねえ」
一礼して去って行くウェイトレスの揺れる尻尾を眺めてから、またメニューに視線を落として呟く。予約制なだけあって、店内は人でいっぱいだ。男同士、女同士、男女、と様々な組み合わせで、盛り上がっている。
「ていうか、予約してくれてありがと」
「いや、誘ったの俺だし」
「行きたいって言ってたの俺だよ」
言い合うと、どちらともなく笑い合う。
穏やかに微笑む犬塚さんは、悔しいけど、カッコいい。
俺は慌ててメニューへと視線を落とした。
「こ、これにしようかな」
「いいな、じゃあ俺はこっち」
俺はトレントの名産らしいオムライス、犬塚さんは、魚介のスパゲティを選んだ。店員に声をかけると、今度は大柄の男の人がやって来る。オークを模した角が頭に生えていて、がっちりと筋肉質な身体に、ウェイターの服をカッコよく着こなしていた。
「ご注文は?」
「えーと、コレとコレー」
「畏まりました」
このオーク、ものすごい礼儀正しい。
商品名をそのまま口に出すのが恥ずかしくて、メニューの写真を指差すと、すぐに頷いて控えてくれる。
「冒険者様」
「はい」
「経験値が入りました」
「はい?」
「駿河くん、カード」
「あ、はい」
真面目な顔で、けいけんち、とゲーム用語を持ち出されて一瞬理解ができなかった。犬塚さんの迅速なフォローに感謝。さっきもらったカードを出して、オークのお兄さんに、スタンプをぽんぽんと押してもらった。
「レベルアップ目指して、頑張ってください」
やはり真面目に言うと、一礼して、オークのお兄さんは姿勢よく去って行く。かわいこちゃんばかりではなく、様々な層のニーズにお応えしているようだ。
「何か超本格的だね」
「だな」
「知ってる人もいたら面白いねー」
さりげなく周囲を見渡す。少し先に見えるのは真っ白い雪が特徴的で、ピアチーノをイメージしているのがわかった。一見、ゲームしているようには見えない、カッコいい男の人と、かわいい女の子が、向かい合って恥ずかしそうに話している。
「アレ、リリアちゃんとクラウスさんだったりしてー」
「リリア、男だぞ」
「え」
えええええええええ?
あっさり告げられた事実に混乱する。
「えっ、え、だってリリアちゃんすごいかわいい」
「俺と同い年、長いこと付き合ってる彼女がいるよ」
「な、なんで犬塚さんそんなリアルな話知ってるの……」
「リア友なんだよ」
「し、しらなかった……!」
リア友、っていうのは、リアルの友人、みたいな意味だ。
犬塚さんと俺は、一応、リア友、っていうことになるのかもしれない。
リリアちゃんと随分仲が良いなと思ってたけど、そういうことだったのね……。
「ネットこえー」
「だろ」
大学生のかわいい女の子だと勝手に決めつけていた俺も俺だけど……。
「シノさんが男の人でよかった……」
思わず呟く俺です。これでもしシノさんが超美人なおねーさんだったりしたら、冷静でいられなくなる自信がある。
「なにそれ、フクザツ」
「えー?」
「まあ、俺も、アキが女の子かもしれないと思った時期もあったけど」
「えええええ」
またまた落とされる犬塚さんの爆弾発言にびっくりしていたら、「お待たせしました!」という元気な声と共に、テーブルの上に皿が置かれる。猫耳のコボルトが、「おいしく召し上がれにゃん!」とかわいくおまじないしてくれるのに何だか無性に照れた。
「おー、森だ」
「海だ」
オムライスが乗った丸い皿の周りには、ケチャップで木々が描かれている。黄色い玉子の上には、やっぱりケチャップで、トレントの周りでよく見られる、ウサギに似たモンスターが可愛らしく描かれている。犬塚さんが頼んだスパゲティも、皿の周りには海の波が描かれ、そして、海辺でよく見るイカの形をした可愛いモンスターが描かれたえびせんが乗っている。俺は思わずスマホを取り出して、二つの皿を写真に撮った。
「いっただきます!」
「めしあがれー」
手を合わせてスプーンを持ち、黄色い卵と、ケチャップライスを掬い上げる。最初の一口はやっぱり、何も描かれていない安全地帯を選んだ。あーん、と大口を開けてスプーンを迎え入れると、視線を感じて前を見る。スマホを俺の方に向けて構えた犬塚さんがいた。カシャリ、シャッター音が響く。
「なんすかー」
「オカズ用」
「は?」
今、とんでもない一言を聞いてしまった気がする……!
ぽかんとしていると、伸びてきた犬塚さんの手が、俺の口許に触れる。思わず片目を伏せてそれを受け止めるけれど、その行く先にぎょっとした。口端についていたらしいケチャップを拭った親指を、犬塚さんが舐めたからだ。
「な、なんか、今日の犬塚さんやらしい。ちょーやらしい」
「気のせいでしょ。……一口食う?」
「食う!」
パスタが巻かれたフォークを差し出されて、口を大きく開ける俺である。……チョロくなんかない、パスタが美味そうなのが悪いんだ。
その後、回復アイテムに似せたカクテルや、マスコット的なモンスターそっくりのデザートを味わって、レベルが一つ上がったところで、店を出る時間になってしまった。楽しい時間はあっという間だ。外に出ると、週末だからか、往来の人通りは多く、クリスマスの名残のイルミネーションがちかちかと光っている。冷えた空気が頬を撫でて、思わず肩を竦めた。
「美味かったねー」
「だな」
「楽しかった!」
「それはよかった」
そう言って歩いていると、不意に、片手を引かれて立ち止まる。犬塚さんが、しっかりと手を握り込んできた。
「な、なんすか」
「ほら、混んでるから。迷子にならないように」
「そんなに子どもじゃないよ」
「あ、そう?」
掌に感じるのは、女の子の手とは違って、少し硬い感触。でも、確かに温かい体温は伝わってくる。犬塚さんは離す気がないようで、俺は、ふいと顔を逸らした。
「でも」
「ん?」
「寒そうだから、繋いでてあげてもいーよ」
なんて上から目線で言ってみたら、「ぶは」と噴き出す声が聞こえる。その後すぐに、指先がぎゅと絡まる感触がした。所謂、恋人つなぎってやつ。
「駿河くんさあ」
「な、なに」
「あれから意識しすぎじゃない」
「なっ、な、なんの話!」
「バレバレ」
やっぱり、犬塚さんにはなんでもお見通しだった。俺が意識しすぎてネトゲの中ですら碌に話ができなくなったこと。気まずくて俯くと、犬塚さんが笑う気配がする。
「駿河くん」
「なんすか」
「うち、来る?」
――実は、近所なんだ。
囁く声は何処か楽しげで、手に絡まった指先に力が籠もった。突然のお誘いに、俺は目を丸める。十秒くらい色々考えて、結局は、頭を縦に振っていた。……だから、チョロくなんかないってば。
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