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前日―探偵社
十七時、定刻通り終業の鐘が鳴る。業務の凡てを時間通り寸分の狂いも無く片付けた国木田独歩は匣体の電源を落とす。
「おい、太ざ……」
「国木田さん! 大変です!!」
「――何だ敦、騒々しい」
正面の座席に位置する人物へと声を掛けようとした際、中島敦のつんざく悲鳴にも似た声によって其の声掛けは遮られる。眉間の皺を隠すかの様に国木田は人差し指で眼鏡を押し上げる。もし終業後の状況にて報告書の不備等あろうものならば、必然的に残業が科せられ此の後の予定が計画通りに進まなく為ってしまう。
見れば碌に仕事もしていない朴念仁は終業の音を訊き着々と荷物を纏め始めて居た。
「ポートマフィアが……ポートマフィアの幹部が来ています!!」
「何だと!?」
ポートマフィアといえば横濱の暗部、決して相容れぬ存在。其のポートマフィアの幹部が堂々と乗り込んで来る事等有る訳が無い。以前にも遊撃舞台が攻め込んで来た事はあったが、幹部ともなれば其の比では無い。
「判った、俺が出よう」
事務員ら非戦闘員を巻き込む訳にはいかない。用件が有るのならば先ずは交渉が大事であると国木田は開いた入口の扉、敦が指し示す場所へと脚を向ける。
「敦君、心配は要らないよ」
音も無くいつの間にか国木田を通り過ぎ敦の背後へと立って居たのは外套を羽織った太宰治。対応あぐねていた敦の肩に手を置き其の脚を一歩前へと踏み出す。
「待て太宰」
「平気平気、どうせ用事が有るのは私なのだから――――ねえ中也?」
国木田の位置からは訪問者が誰であるかまでは断定出来なかったが、太宰にそう声を掛けられると壁に隠れていた人物が姿を現した。最初に見えたのは帽子の鍔、其れは敦よりも幾らか低い位置にあった。
「貴様は……! ポートマフィアの中原中也!!」
「五月蝿ェ、ンなでけえ声出さなくても聞こえてんだよ」
一触即発とも思える国木田と中也の対峙の間に入ったのは他でもない太宰だった。
「はいはい其処まで。こんな処で喧嘩したって何にも為らないでしょ」
二人の胸元に手を置き溜息混じりの声を漏らすと、一人不安気に様子を見守る敦を余所に太宰は扉から一歩足を踏み出す。
「オイ手前端末の電源切ってんじゃねェよ、朝から何度も連絡してんだろうが」
後を追うように歩き出したのは中也。
追う事はせず、国木田は扉から顔を出し二人の背中を見送った。
「おい太宰! 明日は忘れずに出勤しろよ、明日は……」
明日は太宰の誕生日だった。
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