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前日ー街中①
「ねえ中也、別れようか」
「は……」
社屋建物を出るか出ないかの処で口火を切ったのは太宰だった。
中也は其れを普段通りの軽口と捉えた。どれだけ一人を恐れて居るのか、中也は誰よりも深く判って居た。
「理由を訊いてやる」
飽く迄譲歩の上での「訊く」であり、端から別離という希望を聞き入れる心算は無かった。
「君が居たら私は死ねない」
「俺が居ても手前は未だ死にたいなんて云いやがんのか」
二の句が告げられなかった。当然の返しであると判っていた筈なのに、太宰は其の言葉を口にせざるを得なかった。目の前にある中也の顔を見る事が出来なかった。同じ感情になる事は出来なかったが、今までの関係から中也が今何を思い、どんな顔をしているのか想像に容易い。
「……手前は今此処で俺に接吻出来るか、俺は出来るぞ」
「身長」
「五月蝿ェ」
夏が近付き十七時過ぎでも周囲は未だ明るく、人の行き交う繁華街。例え深夜であろうと人目に付く場所で同性同士の接吻など危険性が高く、何より今迄其れを頑なに拒み続けて居たのは中也の方だった。
太宰が逃げないようしっかりと手を握り少し前を歩いて居た中也は、太宰の言葉で足を止め太宰を振り返っていた。太宰の双眸はいつまでも正面から中也を捉えようとはせず、其れに業を煮やし中也は両手で太宰の顔を掴んだ。
「俺を見ろ」
「見てる」
「物理的にはな」
太宰はいつも遠い何処かを見て居るようだった。目の前に居る中也の先の別の誰かを見て居た。
首元に覗く白銀色の細い鎖。其の胸元に座するのは一ヶ月半前に中也が太宰へと贈った指輪。此の一ヶ月半の間、如何様な想いで其れを首から下げて居たのか。其の時の感情を毎朝馳せたとて今の結論に至るのか。
――今迄の想いが凡て無駄だったというのなら
「判った、別れようぜ」
此の手を離そう。手前が望む未来の為に、手前が背中を追う誰かの為に。
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