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忘却と……

名前を呼ばれて目を覚ますと、見上げたそこには息子の克哉がいた。 「悠真……!?」  父にそう呼ばれると、克哉は表情を曇らせて『違うよ』と答えた。 「ああ、すまない克哉。悠真かと間違えてしまった……」 「大丈夫、それより父さん。少し疲れてるんじゃないのか?」 「そうかも知れないな。ここの所、余り寝てないような気がする」 「父さん俺もだよ。お互い睡眠をとらないと……」 「そうだな……」  克哉は父の傍で心配そうな表情(かお)で気にかけた。そして、不意に母の容態を尋ねた。 「ところで母さんの容態は?」 「――見ての通りだよ。母さんは悠真が突然いなくなってからすっかり寝込んでしまった。5日前からまともに食事もしてないし、ずっと寝込んだまま譫言(うわごと)のように悠真の名前を呼んでいる」 「……そうか、悠真が急にいなくなって母さんには辛いだろうね。早くなんとかしないと」 「克哉すまないな。仕事が忙しい時に家に戻ってきてくれて……。どうも私だけじゃ、母さんや家の事を面倒見切れない。お前には感謝しているよ」  父はそう言って疲れた表情で克哉の方を見つめると、一言ありがとうと気持ちを伝えた。 「いいんだよ父さん。もっと俺の事を頼ってよ。家族なんだし、俺だって悠真のことが心配だ」 「っ、すまないな克哉……!」  父はそう言って申し訳ないような声で謝ると、肩を震わせて涙を堪えているように見えた。克哉は泣いている父の背中を黙って擦ると『いいんだよ』と優しく言葉をかけて慰めた。 「そう言えば父さん。外、雨降ってたけどリンを中にいれなかったのか?」 「ああ、リンか……。すっかり忘れてたよ。昨日の昼間にずっと外に出たがってたから、庭に出してやったんだ。そう言えば今日はご飯はまだあげてなかったような――」 「父さんそれだとリンが可哀想だよ。もうわかったから少し休んだ方がいいよ。俺がご飯あげとくからさ」 「すまない克哉。それじゃあ、父さんは少し仮眠してくるよ」  父はそう言って部屋から出て行くと、そのまま2階にある和室へと入って行った。克哉は、家の現状を目の当たりにすると、少し疲れた溜め息をついて1階のリビングに向かった。  

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