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忘却と…

――久しぶりに実家に帰った。あの日、家を出た時から随分と時間が経っている。だけど建物の雰囲気はそのまま変わる事もなかった。  不意に車の中から家を眺めた。久しぶりに見たせいなのか不思議と胸が懐かしさに溢れた。家のガレージで車を停めたあと門の前でもう一度、外から見上げた。 一瞬だけ弟の顔が目に浮かぶと溜め息をついた。そこで軽く深呼吸すると、門に手を掛けて中へと入った。 門を開けると、飼っている犬のゴールデンレトリバーのリンが庭で吠えていた。リンは甘えん坊で人懐こい性格だった。雨が降っているのにリンは自分の犬小屋から出ると明るい表情を見せながら走ってくると、そのままはしゃいで足下に纏わりついた。リンは久しぶりに見た俺の顔に嬉しそうに尻尾を振っていた。 「よしよし、久しぶりだなリン。元気にしてたか?」  そう言って声をかけると優しく頭を撫でた。 「父さんと母さんはいるか?」 リンは不思議そうに首をかしげると、ワンと一言吠えた。 「よし。じゃあ、家の中に入ろう。リンおいで」 玄関の前でリンの赤い首輪に付いてた鎖を外すと一緒に家の中へと入った。鍵を開けてから、中に入ると懐かしい匂いがフワリと漂った。  大学を卒業して就職して、社会人になってから実家を出たあと、3年くらいは帰っていなかった。就職し始めた頃にはそっちの方が忙しくなって、なかなか家に帰る機会が伸びてたのも事実だ。 父と母は『たまには家に帰っておいで』と電話でその度に言ってたが、その時の俺にはそんな余裕さえも無かった。  いや、違う。本当は…――。 家の中は相変わらずだった。リンは中に入ると、真っ直ぐ居間に向かった。俺は玄関の前で一言『ただいま』と声をかけた。シンと静まり返った家の中からは、誰の返事も返ってこなかった。    そこで不意に思い出した。そう言えば今朝、父さんと電話で話していた時に。母さんは今、寝込んでいると聞いた。きっと悠真がいなくなった事に関係しているのに違いない。母さんは昔から弟を一番、可愛がっていた。自分が大切に可愛がっていた我が子がいきなり行方不明になれば、母親ならば誰もが心配して倒れるに違いないだろう――。  靴を抜いで部屋の中を見渡したけれど、父と母の姿はなかった。もしかしたら2階の部屋かと思うとそのまま階段を上がって両親がいる寝室の扉を開けた。 「父さん、母さん、いるの?」  そう言って一言声をかけて中に入ると寝室のベッドで母が寝込んでいた。頬が窶れて、とても具合い悪そうな表情だった。そして、傍では椅子の上で父がうたた寝していた。静かに近寄るとソッと左の肩に手をおいて声をかけた。 「父さんただいま、今帰ったよ」  その呼び掛けにパッと目を覚ますと、俺の方を慌てて見てきた。だが、弟じゃないとわかると一瞬で落胆した表情に変わった。  

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