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─見返り─
「――さあ、温かい食事が冷めないうちに席に座りなさい。おっと、変な『真似』は起こさないようにね。私はキミが利口な子だと思っているよ」
そう言ってナギは仮面の下でクスッと笑った。不適な笑い方に悠真はムッとなりながらも、無言でテーブルの席に座った。赤いテーブルクロスの敷かれた上に規則正しく、お皿が綺麗に並べられていた。そして、ナイフとフォークがお皿の横に添えられていた。テーブルの上に飾られた薔薇の香りがほのかに漂った。ナギは彼の傍でグラスに赤ワインを優雅に注いだ。
まるで恋人同士が大事な時間を一緒に過ごすような異様な雰囲気に辺りは包まれた。悠真は椅子の上で無言になりながら相手をジッと見て考えた。静寂の中で繰り広げられる心理戦は、ありとあらゆる感覚を研ぎ澄ました。悠真は自分が今、イカれた男と一緒にいる状況に対して頭の中では色々なことが浮かんだ。
この置かれているナイフをこの男に向けて、隙を見て刺して逃げてやろうと思った。それが第一に頭に浮かんだ。だが、刺した所で部屋のドアに鍵が掛けられていたらモタモタしてる所で捕まって逃げれないと思って直ぐに諦めた。
次に浮かんだのは相手が油断している所を一瞬に狙って、首元か背中にナイフを押し当てて。形勢逆転のチャンスを狙った上で相手を脅し、凶器になるスタンガンを取り上げた上で、部屋のドアを開けさせて脱出することを考えた。確実にやれるならその作戦が有効的だと思いついた。しかし、このイカれた男に、そもそも『油断』なんてあるのだろうか?
相手を油断させるのは既に計算済みじゃかいかと脳裏に過った。そうなると形勢逆転のチャンスを狙って脱出する作戦が上手くいくとは、思えなくなった。悠真は黙り込むと『クッ……!』と小さく呟いて唇を噛んだ。
――この男に隙はあるのだろうか?
あったとしてもそれを実行するには難しい。もし失敗したら奴に『殺される』そう思うとなかなか実行出来ずにいた。そうして考えているうちに、いきなり背後から髪を触られた。
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