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お隣りのツワブキさん①

「最悪……。」  松田(まつだ)智裕(トモヒロ)は絶望に打ちひしがれていた。  彼は、とある街の川沿いに並び建つ集合住宅(公営団地)の10階の自分の家のドアの前で川風と春一番の強風に晒されて、更に追い詰められていた。  家に入ればいいのに、と第三者は突っ込むだろう。  智裕にその選択肢は存在していなかった。何故なら彼は家の鍵を紛失してしまったからだった。  現在午後5時ちょい過ぎ。先程、地域で鳴らしている5時のチャイムを聞き終えたところだった。風は一層強くなり、生暖かさが徐々になくなってきている。  通信アプリで家族に連絡を入れる。「何時に帰ってくるんだ?」と。  サラリーマンの父からは「今日は接待で遅くなるって昨夜言っただろう。」  少し離れた場所の百貨店で働く母からは「早くても8時になる。」  そしてこういう時の頼みの綱である、小学5年の弟・智之(トモユキ)は今日から2泊3日の林間学校だった。  まさに四面楚歌、ピッキングするほか手段はない。 「神様も仏様もあったもんじゃねーなぁ……。」  空を見上げて呟くと、エレベーターから誰か降りてきた。パタパタと可愛らしい足音が近づく。 「あーっ!あ、あー!」  少ない前髪にイチゴの髪飾りをつけた、歩きの拙い女の子が笑いながら智裕に向かって走ってきた。 「茉莉(マツリ)ちゃん⁉︎」 「あーっ!たっちー!」  自分にダイブするその女の子を智裕はしっかり受け止めた。こんなに小さな子が1人でエレベーターに乗るわけがないので、必然的に保護者が一緒にいる。 「まーちゃん、いきなり走りませんよ。」  智裕の胸に収まっている1歳児の保護者が現れた。 「ツワブキさん!」 「あれ?智裕くん、こんにちは。」 「こ、こんにちはぁ……。」

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