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お隣りのツワブキさん⑨

「どうしたの?」  後ろから声がしてきたので智裕は驚いて振り向く。するとそこには湯上りの拓海が、まだ髪が濡れている状態で立っていた。その姿は妙に艶やかで、拓海が男だということを忘れそうになった。  智裕と色違いのスエットとヨレヨレのシャツなのに、同じ男なのに、どうしてこうも違うのかと驚愕してしまう。 「ごめんね、びっくりしちゃった?」 「い、いえ!えっと…その…あの。」  智裕は言葉が出てこない。そしてずっと見てしまう。その視線に拓海も顔が赤くなる。 「お、お茶、淹れるね。紅茶と玄米茶、どっちがいいかな?」 「え、えっとじゃあ紅茶で…オネガイシマス。」  どことなく緊張してしまった智裕はカタコトに紅茶を選択した。脱衣所の方からガタンガタンと音がする。 「うちは夜に洗濯機回すんだ。朝はバタバタしちゃうからね。うるさくてごめんね。」 「い、いえ!うちもオフクロが夜中にやってるんで大丈夫ですよ!」 「そうなんだ。やっぱり朝は忙しいからね。はい、どうぞ。」  ソファに座っていた智裕に拓海はマグカップを渡してくれる。そして少し離れて拓海がソファに座る。  気心知れている、まではいかないにしろ、単なる隣に住むなのに智裕にはどうも先程から妙な緊張が走る。 (何か、話さないと!) 「あ、あのツワブキさんって、お、おいくつ、でしたっけ?」 「えと…24歳、だよ。」 「24⁉︎」 「え⁉︎み、見えないかな?」 「いや、見た目はこう、なんか、わっかいですけど、茉莉ちゃんいるし恐らくバツついてるから30くらいかと思ってました、はい!」  智裕は驚きすぎて危うく紅茶を零しかけた。 (そういや何度も話しているけど、俺、ツワブキさんのことあんまり知らない。) 「大学卒業したばかりで、今月からやっと正社員なんだ。」 「茉莉ちゃん育てながら大学ですか?」 「うん。夜間だからアルバイトしながらだけど。大学にも託児所があったからね…なんとか卒業出来たよ。」 「すごいっすね…。」 「そんなことないよ。俺なんかよりもっとすごい人はたくさんいるし。」 「いや、俺にはそんなん出来る自信ないですよ。すげーっすよ。」  智裕は感心しながら笑って拓海を賞賛する。 「まーちゃんのママとは20歳の頃から同棲しててさ、僕が卒業したら結婚しようって言ってたんだけど、まーちゃんが生まれてからすぐにいなくなっちゃったんだよね。」  その憂いた拓海の横顔は、不謹慎ながら美しい、と智裕は感じた。そしてまたもや見惚れてしまった。 「あー……その……。」 「ごめんね、こんなこと智裕くんに話しちゃって。でも俺は今の生活が幸せだよ。」  悲しい笑顔じゃなくて、いつも通りの笑顔になっていた。それを見て智裕はなぜか胸を撫で下ろした。 「あの…!俺、帰宅部で超ヒマなんで、何か困ったこととかあったらホント、遠慮しないで言ってください!茉莉ちゃんと遊んだりとか出来ますし!」  安っぽい智裕の申し出、そしてその勢いに拓海はポカンとした顔をしたが、ふわりと笑った。 「ありがとう。」  その当たり前の一言が、智裕にとってはキラキラと輝いて見えた。

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