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動き出す夏の恋⑨

「もうちょいゆっくりなとこなら打てると…。」 「松田くんはそもそもしっかり球を見れてないんだから球速が遅くなったところで打てないよ。」  今日は眼鏡というフィルターがないから、野村の不穏な笑顔が通常比数倍の強さで智裕に刺さっていた。  次にバットを持ったのは裕也。裕也は右打ちのバッターボックスに立った。 「裕也さん…俺と同じ右打ちなんですね!お揃いで嬉しいです!」 「赤松くんの喜びどころがわからないんだけど…。」 「はーはっはは!俺様の華麗なるバット捌きを見ろヘタレ左腕(サウスポー)め!」  裕也も伊達にリトルリーグにいたわけではなかったので、最高球速(130km/h)のコーナーで10球中6球も快音を鳴らした。 「くっそーブランク4年もあるクソチビに負けたぁあああ……。」 「はーっはっはっは!じゃ、直倫いけ!」 「…裕也さん。」 「は?」  バットを持った直倫は裕也を抱き寄せてツムジにキスを落とした。 「見ててくださいね。」 「このアホ!少女漫画か!てゆーかただのバッティングだろ!」  キスされた場所を両手で隠して顔を赤くする。  直倫は「ふぅ」と息を吐くと、周りの空気がピリピリしだした。 「あいつアホか…ここで本域出してんじゃねーよ。」 「おお!これが“奇跡の1年首位打者”・赤松直倫!」 「馬橋戦の再来みたいだね、野村くん……っ!」 「ん?」  思わずいつものように声をかけた増田は野村の顔を見ると、顔の温度が上がってしまった。  野村はそんな増田を見ると微笑んで、増田の頭にポンと手を置いた。 「そうだね、なんか緊張しちゃうな。」 「う……うん。」  2人が甘酸っぱい雰囲気に包まれている間に、一行の周りにはギャラリーが集まり出した。

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