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第5話
1人、また1人と部下達が仕事を済ませ帰宅していく。
僕も仕事を終わらせて早く帰ろう。もう桜井くんには捕まりたくない。
「美好さん、お疲れです。」
「あぁ、お疲れ。」
また1人、部下が僕に挨拶をして帰っていく。
そして遂には僕と桜井くんだけになっていた。
「美好さん、答えは出ましたか。」
そんなもの出ていない。
ゆっくり、1歩ずつ僕のデスクへと近づいてくる桜井くん。
距離はそれほどない、数メートル有るか無いか。
たけど、その距離をゆっくり時間をかけて歩いてくるあたり、タチが悪い。
「答えなんて出てないよ。」
「嘘つきですね。本当は出てるくせに。」
嘘なんかじゃない。
本当にわからないんだ、まるで自分の心が自分のものじゃないみたい。
「あんたにキスしたの、ただの好奇心だって本当に思いますか。」
自分で言っていたくせに何でそんな事を聞くのだろう。
彼がどういう返事を僕に求めているのか、僕にはわからなかった。
そして、タイピングし続けていた僕の手は、いつの間にか止まっていた。
「あぁ、君が好奇心って言ったじゃないか。」
「疑わないんですか。」
「疑わないよ。だって君の言葉だったから。」
すこし、桜井くんが下を向く。前髪であまり表情が見えない。
「…そういうとこ…。」
彼がぼそっと呟いた次の瞬間、桜井くんに椅子ごと床へと倒され、馬乗りされて、両腕を思い切り掴まれる。
一瞬のことで何が起こったのかよく分からず、僕の思考回路は停止していた。
「そういうとこがずるいんですよ、あんたは!俺にさっき嫌なこと言われたばっかりだろ!?なのに、なんで俺なんかを信じるんですか!」
そんなこと聞かれたって、わからない。
「わからないよ。僕だって、君に出会ってからはわからないことだらけなんだ。触れられて平気なのも、こんなにドキドキするのも。」
ドキドキするなんて、言うはずじゃなかった。そんな事、自覚して無かった。
でも、君に押し倒されている今この瞬間、アルファがオメガを押し倒してるなんて危ない場面なはずなのに、何故か僕の鼓動は高鳴ったんだ。
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