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第23話 停滞

星蘭女学館の関係者をめぐる、連続不審死及び 周辺地域での覚醒剤大量密売に関する内偵調査は 英語担当教諭のデイビッド・マーカスが第1重要 参考人として浮上したり。 一方、手嶌らバックアップ陣の包囲網に系列組織の 組長が挙がったりと。 結構、騒動解決に向けての手がかりは出揃ったかの ように見えたが。 もうすぐチェックメイトもかけられるかも? といった肝心な場面で予想外に、難航し始め。 北の方からちらほらと紅葉や初雪の便りが 届く季節になってくると。 若輩者・綱吉も祖父の名代としてフロント企業の 商談や会食に出席する機会が格段に増え……。 『着きましたよー』と、穏やかな声が聞こえて、 綱吉はまだ重い瞼を無理に開いた。 目を擦りながら運転席を見ると、 いつに変わらぬ色男に 『大丈夫か?』と 怒るでもなく聞かれた。 きょろきょろと辺りを見回して、 ようやく今の状況に思い当たった。   (そうだ、契約農家の班長さんのとこだ……  いつのまに寝ちゃったんだっけ) 竜二は東北メディカルの代表の他、 居酒屋も2店舗経営を任されており、 今日はいつも仕入れを担当している料理長の代理で、 新潟の契約農家への挨拶回りにやって来た。 薬品会社の営業と居酒屋の経営このふたつは 相反するように見えても、 売り込む物が薬品か食べ物かの違いだけだ。   「この雪だからさすが誰も外には出てないな。 車はこのあたりに置いて、挨拶して来よう」 農耕地なのでやや山側になるせいか、 昼過ぎ出発した時より、雪が多くちらついている。 このぐらいの雪で出かけるのを躊躇っていたら、 雪国の営業なぞやっていられないが、 小回りの利くのが利点なだけの社用車では いまいち心もとないので、雪道の安全を考えたのと、 使い慣れているからとで、竜二の愛車、 雪国仕様のランドクルーザーでここまで来た。 まだ寝不足で、綱吉がぼーっとしている間に、 外から助手席側に回った竜二が、 かいがいしくドアを開けて、 車高の高い車の座席に座ったままの綱吉の手を取った。 「滑りますから、足元気をつけて」 女の子にするみたいなエスコートは、 綱吉には気恥ずかしくて、 でもいらないというのも気が引けて、 されるがまま車を降りた。 昨夜 ―― いや、ほとんど今朝だ、 新しいセフレ・本間にようやく解放されて 眠りに就いたものの、今日の予定のために、 渋る本間を脅して、雪の降る早朝に自宅に送らせ、 不健康に気だるい体を無理に動かして 出かける支度をしたところで、竜二が迎えに来たのだ。 酷く寒いので、ハイネックのセーターを着て、 手足首全てを隠していても全然不自然じゃないし、 眠い以外は、何も変なところはないなと 何度も鏡でチェックした。 なんだか分からないがものすごく後ろめたい。 悪い事をしたみたいで、気まずいっていうか。   鈍いというか ――、かなり意地が悪いというか…… 相変わらず竜二は傍若無人の俺様で。 綱吉の気持ちなど素知らぬ振りを通している。 祖父の名代を務めるようになって以来、 竜二とはずっと一緒。 かなりプライベートな事も隠し事なんか 出来っこなかったから、 元々ゲイの傾向の強かった綱吉が竜二にのめり込むのは さほど時間もかからなかった。 祖父の名代を務める事が多くなった事もあるが、 竜二とまともに肌を重ね合ったのは星蘭への潜入 3日目の晩が最後で。 最近では仕事上での極めてクリーンな付き合いしか していない。     こんな17才の純情を弄び、 しっかりちゃっかりナイスバディな間男を 日替わりにしてる優男に、 何で後ろめたい思いをしたりとか、 情事の痕跡を隠そうとしたりとか、 せねばならないのか。 育ち盛りの睡眠不足は、 それまでの苛立ちや後ろめたさや怯えや疑惑や、 色んなものをもやもやと混ぜて、 綱吉のご機嫌を殊更悪化させていた。 でもってその不機嫌は理不尽にも、 目の前のじれったいほど優しいだけの男に、 さりげなくぶつけられていたりする。 さっきも車の中で『気分でも悪いのか?』と、 心配そうに尚希の顔色を窺われたのに、 それが鬱陶しくて、 「眠いだけだよ。悪いけど、寝てていい?  どうせ運転するのはあなただしさ」 と、綱吉らしくもなく、高飛車に答えてしまった。 もっとも、綱吉に激甘の男は、にこにこと笑って、 「俺の運転、信用していただけるなんて嬉しいですね。 じゃ、着いたら起こすよ」 などと言って、後部座席に用意してあった毛布を、 ふわりと綱吉に掛けてくれた。 八つ当たりしてる自分が情けなくて、 鼻の奥がツンと痛んだ。 ちょっとだけ、謝ろうかと思った。 だけど ――。 毛布の隙間から、 慣れたように雪道を運転する男を、 眠さでぼうっとしながら盗み見ていた時、 毛足に引っかかったキラッと光る微小の金属を 見つけてしまった。 ―― それは、ピアスヘッドの片方。 ……誰のだろ。 挨拶回りもどうにか無事終わって車に戻っても、 相変わらず綱吉の口数は少ない。     (……ったくこのお子様は、  一体何がお気に召さなかったのか……) 「……まだ、気分悪いか?」 「そんなことないよ」 「でも、雪も酷くなってきたし…… やっぱり今日はこれで帰ろう」 降りしきる雪を眺めながら、 面倒くさそうに生返事ばかりしていた綱吉が、 ようやく反応して、運転席を振り返った。

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