大勢の黒山の人だかりがひとつの流れのように なっていかつい門構えの大学構内へと流れ込んで 行く。 綱吉も途中の駅で待ち合わせたあつしの妹・琉奈と共に 同じ方向へと向かっていた。 今日この大学では２０＊＊年度（平成３＊年度） 統一入学試験の合格者発表が行われる。 因みに２人とも志望は医学部の看護学科だ。 　　 国立祠堂学院大学の数あるキャンパスでも この品川港南キャンパスは最大の在籍学生数を誇り 医学部、薬学部、文学部、藝術学部、 が、入っている。 学生達の流れに沿って歩いて行けば程なく、 同じような学生達が黒山の人だかりを作っている 合格発表の掲示板前に辿り着けた。 綱吉は今すれ違った１人の男子を気にして。 「あ、ねぇねぇ今の人、何だか物凄く暗かったね。 落ちたんかな」 「うちらも人事やないやろ」 「……る、琉奈ちゃん～、どないしょ……」 「はん？」 「足、震えてきた」 「ったくもうっ！　今さら何言ってんのよっ！ 情けないっ！　 おら、グズグズせんと行くでー」 と、先に立ってズンズン群れの中へ 突き進んでいく。 「あ～ん、待ってぇな琉奈ちゃんー」 　＊＊＊　　＊＊＊ やっと黒山の人だかりの先頭に出れて、 掲示板を見上げる２人　――。 早々に琉奈は自分の番号を見つけ ニンマリ微笑む。 さて、綱吉はどうか？　と、傍らを見れば　――、 綱吉は血の気も失せた表情でただ立ち尽くしている だけだ。 「！ツナちゃん……まぁ、こればっかりは運不運も あるから――」 綱吉は落ちたと早合点した琉奈が、 そう慰めの言葉を言いかけると、 綱吉はぼそっと呟いた。 「……あった」 「へ？」 「あったよ琉奈ちゃん、俺の番号あった！　 ホラあそこに！」 「うっそぉー。ホントだぁ！　やったね」 熾烈な受験戦争を勝ち抜き、 見事看護学生の切符を手に入れた２人は 手に手を取り合って喜んだ。 これが新たなサバイバル競争の幕開けになる……。 ＊＊＊　　＊＊＊　　＊＊＊ 「ふぁ～～～～………」 ＊階フロアの給湯室で淹れたてのコーヒーを 飲みながら壁にもたれ掛かり……… 朝から思いっきり大きなアクビの連発 「ｸｽｯ……せんぱ～い寝不足ですかぁ？ あ――　もしかしてぇ～～？ 週末は彼女とラブラブだったとか？」 朝からキラキラ笑顔全開の同期・河野 何故かこいつ、同期同士なのに俺の事を ”先輩”と位置づけている。 その河野が、ゼミの教授や先輩達のコーヒーに ザブザブと大量の砂糖とミルクを入れながら、 寝不足の原因を聞いてきた その胸焼けミルクコーヒーを飲みたくないから、 ブツ投入前に自分のカップだけ確保しに朝も早う ここまで来ました 「ラブラブ？　まさかぁ～～ んなワケないよぉ～～。引っ越し荷物が なかなか片付かなくてねぇ」 そう言いつつまた大アクビ。 あの朋也さんに充てがわれた高級マンションは 流石に一般大学生にはレベルが高すぎて。 大学合格を機に学生が暮らす一般的なアパートへ 引っ越した。 「あ、そっか、先輩、いよいよ待望の１人暮らし 始めたんでしたっけね」 ――　ってか、初めっから１人暮らしだったけどね。 「うん、まぁね」 「いいなぁ～、僕も早いとこ女子寮から脱出したい ですぅ」 友達に不動産関係者がいてホントに良かった。 今時、東京２３区内で・２K以上の間取りがあって、 風呂・トイレ別の築浅物件なんて、そうそう簡単に 見つかりゃしない。 おまけに、敷金礼金無しの家賃は月々４万ポッキリ！ って聞いた時は嫌な予感が脳裏を過ぎった。 ここって俗に言う　”事故物件”ってやつ？文字　ってね。 でも、月々４万ポッキリ！　って激安なお家賃に惹かれて 入居を決行した。 今のところ自分の部屋とかお隣さんの何処からか 妙な音がする、とか　―― 夜中、急に金縛り！　とか　―― 自分の留守中、誰かが部屋へ入った形跡がある、とかは、 ないので、普通に生活してる。 「――　おっ！　おはよ、チビうさちゃんに 河野ちゃん」 給湯室側に立つ河野と 廊下を挟んで壁に寄り掛かる俺。 その間を主任教授・笙野が通過して、 奥の男子トイレに入って行った 「「おはようございまーす」」 ２人で後ろ姿に挨拶をする 俺達が属する笙野ゼミは、研究発表の一環として 校内誌の発行をしている。 「チビうさ――――っ！　つなよしぃー！　 居るかぁ――？」 …………この声 この新年度から、笙野ゼミの新任講師として赴任 してきた羽柴　禅（はしば　ひとえ）先生。 つい口が滑って信頼する先輩・紗夏さんに ”この人の事が気になるかも”とゲイ的カムアウトを しまった先生だ。 「居ますよ、ここに……」 小さい声で返事をする俺を横目に ｸｽﾘ……と小さく笑う河野。 「放っておくと、どんどん声が大きくなりますよ～？ アハハ……」 河野が淹れてくれたコーヒーをトレーに ”笙野ゼミ”のメンバー分乗せ、研究室へ入って行く。 「おはよ～ございまぁす、ゼンさん」 「おぉ、チビうさ、相変わらず今日もちっこいなー」 お言葉ですが、毎日体のサイズが変わったら、 即・奇人変人の仲間入りでしょ。 この人、自分を肩書や役職で呼ばれる事を極端に 嫌がる。 だから、メンバー達は間違っても彼を”先生”とか などとは呼ばない。 そして、ゼミ内でだけは基本・敬語もNG。 所属学生は今年度の新入、 河野や俺を含め１回生が１０名　―― ２回生が同じく１０名。 ３～４回生が併せて１５名。 お父さんみたいに包容力のある笙野教授。 ゼンさんと同期のベテラン講師・竹内さん。 （彼らは何と！　小学校から大学まで一緒だった 　らしい） そして、３０代講師の羽瀬さんと鞍馬さん。 今年の新卒で採用の刑部くんに鈴本くん。 総勢・５０名少々の大所帯だ。 新年度初めての特別編集号が校了間近、 という事もあり 本日の笙野ゼミはそこはかとなく 鬼気迫る雰囲気が漂っています…… 　　 「――　ゼンさん、また、中央印刷の田中さんから お電話です」 「オレは留守だ」 「もうっ、子供じゃないんだから　――」 「星蘭大学は潰れたと言えっ」 「んな無茶な……」 「オイ、すずっ。駿河先生の原稿はまだか？？」　　　 「あと、１０ページだって言ってますが、この分だと 明日まではかかるでしょうねー」 「何呑気に構えてんだよっっ！　先生に張り付いて、 何が何でも今日中に原稿ぶん取ってこい。 でなきゃお前、来月から無期限の減俸な」 そう言われた鈴本くんは ”担当作家の遅筆で給料カットされちゃあ、 　堪らん！”と 　慌てて研究室を後にした。　 すると、今度は新人・刑部くんから 『ゼンさぁん　――』と、懇願めいた声があがり ゼンさんはお決まりのセリフ 『オレは留守だ。笙野ゼミは潰れたと言え』と 言い捨て、 さっさとこの研究室から出て行ってしまった。 こんな感じで、毎月校了間近の修羅場は 『校内誌』に掲載予定の全作品が無事印刷所で 刷り上がるまで延々と続くのでした……。