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第45話 前進あるのみ

あつし・利沙を始めとした3年生は昨年3月に無事 卒業し、就職・進学・留学 ―― それぞれの進路へ 歩みを進めた。 綱吉は入学時の特例を無視し暴力団同士の乱闘騒ぎに 加担した、という事で3年生の土壇場で強制退学になり かけたが、綱吉のクラス3-Aのクラスメイトらと 地元の住民達の嘆願活動により首は皮1枚のところで 辛うじて飛ばずに済み。 大学入試まで自宅待機で自己学習する事になった。 そして、騒動前の志望は附属大の家政学科だったが、 初めての長期入院で価値観が180°変わり。 今は看護学科へ進み ”介護福祉士”の国家資格を 取りたいと考えている。 仕事帰り、綱吉と待ち合わせの公園に入ると 奥にブランコがあり、綱吉は入口に背を向けて 座っていた。 あつしは背中を丸めて項垂れてタバコを吸っている 綱吉の頭を軽くたたいて隣のブランコに座った。 「よう。お泊まりセット持ってきたか?」 「うん。持ってきた。 これ、祖父ちゃんからあつしにお年玉って」 綱吉はあつしに封筒を手渡した。 「何? 金? いらないよ」 「祖父ちゃんにとっては縁起もんなんだよ。 受け取ってよ。 じゃないと俺が怒られる」 「……じゃあ、お言葉に甘えて。 じっちゃんに礼言っといて」 「うん」 「―― さて、じゃあ、参りますか」 「うん」 資格修得の勉強は順調にいってるようだが、 杳として戻らぬ記憶に酷く落ち込んでいる様子の 綱吉が気になって、久しぶりに実家へ招いた。 ***  ***  ***   あつしは綱吉を連れて実家の戸口をくぐった。 「ただいま」 「お帰り。あら、ツナ君。明けましておめでとう」 出迎えた母は綱吉に微笑んだ。 「すみません ―― 正月早々お邪魔します」 「今日はツナ、うちに泊まるから。兄ちゃんは?」 「居間にいるわよ。お酒飲んで横になってテレビ 見てるわ。初詣行くけど、あんた達も一緒に行く?」 あつしはその言葉で、 詩音と初詣に行っていない事を思い出すが、 「うん。行く。もう出るの?」 「えぇ」 「じゃ、まず荷物を俺の部屋に持っていくか?」 「うん。あ、その前に挨拶してくる」 「ねぇ ―― ツナ君何かあったの? 暗いわね」 居間へ向かう綱吉の後ろを見ていると、 あつしに母が聞いてきた。 「え? うん……恋の悩みってやつだよ」 「あら、恋……暗いところを見ると失恋したの かしら?」 「まぁ、そんな所だね」 「若いわねぇ」 母は笑いながら台所へ向かい、 あつしは居間へ顔を出した。 「ただいま」 「おう、お帰り。初詣行くか?」 「うん。荷物置いてくる。ツナ行こう」 あつしは綱吉を連れて階段を上る。 「久しぶりだな。お前んち」 「実は俺も久しぶり」 就職を機に1人暮らしを始めたのだ。 自室を開けると、 和室6畳の狭い部屋の隅に布団が一式たたまれて 置かれている。 そして部屋の中央には小さな卓袱台があり、 上には灰皿が置いてある。 あつしは空気を入れ替えるために開けられていた 窓を閉め、荷物を部屋の隅において綱吉を見た。 「家族での初詣はパスしちゃったんだけど。いいよね? 行っても……」 「いいんじゃないのか? また、改めて行けば」 「そっか。そうゆう手もあったか。 ならそうしよう……」 「おみくじ、引くか? 毎年引いてるんだけどさぁ…… なんか今年は引きたくないなぁって思ってんだ」 あつしは、苦笑しながら綱吉を見た。 「俺も……なんか怖いから、引かないかなぁ」 ボソリと呟いた綱吉をあつしが見た。 「怖い?」 「去年、大凶だったんだ」 「お前っ ―― 思い出したのか?!」 「時々断片的に蘇ってくるんだ……けど、その詳細 までは思い出せない」 「ま、主治医のセンセもそうゆう断片的なピースが 合わさって、ひとかたまりのちゃんとした記憶になる って、言ってるんだろ? 焦るな 焦るな。今さら 焦ったっていい事は何ひとつないんだからな」 「うん。でも……数年、あの大凶引きずってきた様な 気がするし……」 考える綱吉を見ながらあつしは胡坐をかいてタバコに 火をつけた。 「けどさ、大凶ばっかじゃなかっただろ?  結局おみくじは単なる占いだよ。時にはそれが重要 って人もいるだろうけど、そこまで重要視しなくていい と俺は思う。気持ちの持ちようだよ……って、 俺いい事言うだろ?」 綱吉を見てにやりと笑う。 「おぅ、たまには、な」 2人で笑ってると、階下から「出かけるわよー」 母の声が聞こえ、バタバタと1階に下りて 皆で近くの神社へ初詣に出かけた。 向かった先は地元の神社。 規模は大きくないが、 地元民や市場関係の人間も訪れており、 結構な賑わいだ。 列に並んで参拝をし、ふるまわれる甘酒を飲んで、 綱吉は「イカ焼き」を買うといって露店巡りを している。 「なあ、ツナ君失恋したって?」 「え?」 「母さんから聞いた。だからうちに泊まるって」 兄は少し神妙な顔をして、 たこ焼きを買おうと列に並んでいるあつしを見ながら 言った。 「いや、あれは ”嘘も方便”ってやつ。ホントのこと 言えば、母さん絶対心配すっから」 「??……」 「あいつ、かなり行き詰まってんだ。自分の思った ように記憶が戻んねぇから。んで、泣きながら朝電話 してきた。だから泊まりに来いって誘ったんだ」 「そっか。あぁ ―― お前が買ってくれた酒飲み ながら慰めてやろう。お前と酒飲むって言ったら 母さんが隣の乾物屋からするめとかサラミとか、 酒のつまみを大量に買ってたぞ」 「そうなの? 楽しみだねぇ」 イカやらソースせんべいやら大量に買ってきた綱吉に 笑いながら家へ帰り、あつしの部屋で酒盛りが 始まった。 酒が入ってくると下らない話になるもので、 話題は好みの女性の話から、兄・和志の 独身時代の武勇伝から仕事の話に移り…… とにかく笑って飲んで歌い始め、 いつの間にかテーブルにうつ伏して眠り始めた 和志をあつしと綱吉とで両脇から支え、 寝室に連れて行った。 「和志さんホントに楽しそうだったな」 綱吉はタバコを吸いながらあつしのコップに 酒を注いだ。 「あぁ……でも、女に興味ないのか? って 聞かれた時のツナの顔は面白かったよ」 あつしはニヤニヤと笑いながら綱吉を見た。 「不意打ちで何も言えなかった……駄目だな。 お前みたいにペラペラと嘘つけないもん」 「なんだよ? それ、ひでえ」 2人で笑っていると、あつしのスマホに着信が入った。 「国際電話だ。詩音かな? もしもし」 『明けましておめでとう。やっと今、地獄の合宿から 解放されたとこなの!』 相手は案の定の詩音で、 めったに聞かない明るい声にあつしは笑う。 あつしの彼女・藤咲詩音は今、ゼミの海外合宿に 参加中なのだ。 「ハハ ―― お疲れ様」 綱吉はあつしと彼女のプライベートタイムを邪魔しない よう、使った食器を持って1階に下りた。

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