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第1話
うだるような暑さの中、熱気と湿気に包まれて、七瀬智 はもう何度目かもわからない、暑いという言葉を吐き出した。こめかみから頬を伝う汗をぬぐい、地面にうずくまっている伊川善也 の肩を軽く蹴る。善也は抵抗することもなく、ぐらりと体を揺らした。
「おい、ポチ。コーラ買ってこい」
智が善也の肩をぐいぐいと足で押しながら口の端を歪めて笑うと、「俺も俺も」と西野千隼 が声を上げた。汗でべたりと肌にまとわりついたシャツの胸元を引っ張りながら、手で顔を扇ぐ。
「俺メロンソーダ」
ガキかよという智の言葉に、「うっせ。コーラだって同じようなもんだろ」と千隼が返す。校舎の壁にもたれて腕を組んでいた佐藤成雄 は、何も言わずに善也を見下ろしていた。
「成雄は何にするよ」
千隼が顎までたれた汗をぬぐいながら成雄を振り返ると、彼はあまり興味がなさそうに善也から視線をそらせた。
「じゃあ水かな」
そよと風がふいてきて、三人が少し黙る。善也はおどおどとしながら、体を起こし立ち上がろうとした。ざりと靴の底が砂を噛む。智はその体を蹴り飛ばして「早く行けよ!」と声を張り上げた。
地面に倒れこんだ善也は長い前髪で目元を隠し、どこを見ているのか、どんな表情をしているのかわからない。智は舌打ちして、もう一度足を振り上げた。
「わ、わかった」
善也が慌てて立ち上がると校舎の外へと向かって走り出す。肩で顔の汗を拭うと智は座り込んだ。
もう二度と風は吹かないのではないかと思わせるほどに空気は停滞している。なぜ自分はこんな思いをしながらここにいなければならないのかと、理不尽にも思える境遇に空を仰いだ。
「あいつ昼休み終わるまでに戻ってくるのかな」
千隼が善也の消えていった方を見ながらつぶやく。智は「知らねーよ」と言いながら壁に背を預け、成雄を振り仰いだ。
「成雄なんか大人しいな」
智の言葉に、成雄は笑顔を向けて「そう?」と返す。この笑顔にいったい何人の女が心を奪われたのか。すらりとした長身の成雄の顔は、見上げると腹が立つほど遠くにあるように思えた。太陽の光が目に差し込む。
「まぶしいな」
思わず漏れた言葉に、成雄は小さく笑った。
「俺が?」
「バーカ」
足を肘で小突くと、今度は「あはは」と声を上げて笑った。千隼は余程喉が渇いていたのか、まだ善也が走っていった方を見ている。智は大きく伸びをして立ち上がると、「暑い」とまた呟いた。
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