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† エピローグ † 【とある男の独白】

* 『__ディ…………ダディ__ねえ、起きて……起きてったら!!』 ふと、聞き覚えのある男の子の声がした。 どうやら、ボクはこの日記を綴っているうちに眠ってしまっていたらしい。 あの日、あの奇妙な廃墟で倒れているボクを救ってくれた日本人の女の子__《杏奈》とボクとの間に生まれた、かけがえのない存在の息子である《ジンジャー》は木椅子に座って眠っていたボクを覗き込みながら不思議そうな表情を浮かべていた。 その目線の先には、あの日――大切な友達のつちのひとりだった《郵便屋のおにいさん》が倒れていた場所の近くに落ちていた《黒い箱》____。 「ダディ……これ、なぁに?」 「これは…………」 と、言いかけた時だった―――。 【~♪♪~♪♪♪~~♪♪】 急に、触ってもいないのに__ベートーヴェンの《運命》の音楽が黒い箱から鳴り始めた。 そのリズムを聞くなり、とてつもない不安に襲われてしまったものの、びっくりした息子の顔を見つめると、そのまま一度軽く深呼吸をすると精一杯の笑顔を彼へと向けながら___、 「これは、ただのオルゴールだ……だけど、これはねダディが作った自信作なんだよ。だから、いいかい……ジンジャー?」 「うん…………」 「ダディがいない間に勝手に触ったらいけないよ……いいかい?」 《黒い箱を息子に触れさせてはいけない》といつ、何とも得たいの知れない不安がまとわりついてきたものの、真剣な表情を浮かべるとジンジャーはコクリと頷いてくれた。 その後___、 「あなた、それにジンジャー……ご飯が出来たわよ~……早くいらっしゃい!!」 ボクの部屋から少し離れた場所にあるキッチンから妻の声が聞こえてきたため、ジンジャーか《黒い箱》のことなんかすっかり忘れて身を翻すとキッチンへと向かって駆けて行く姿を微笑ましく見送った。 一人きりになった後、ボクは目をゆっくりと閉じて昔のことを思いだす。 いっきに《友達三人》を失った後__ボクは牢屋に入れられた。その時、精神が荒んでしまったボクを杏奈はかいがいしく世話してくれて__その際に《愛》が育まれた。 犯罪にひっか借りそうなことを色々とやらかしたボクだったけれど、酒に溺れたパパやボクを見捨てたママとは違って杏奈はずっと側にいてくれたからだ。 そこで、ふと昔の出来事を綴った日記に目を落とした。 (この物語は___もう、終わりだ……アレン……ボクはもう弱虫なんかじゃないよ……ボクにだって守るべき存在が出来たんだ……っ___) パタン、と日記を閉じるなり背後から気配を感じる。 (痺れを切らした杏奈か、もしくはジンジャーが来たのか……) そう思ったボクは、ゆっくりと背後へと振り返った。案の定、ニコニコと頬笑むジンジャーがそこにだっていた。 何故か、ホールサイズのショートケーキを持って立っているのを見て、一瞬不思議に思ってじったけれども今日はボクの誕生日だったことを思い出す。 「ハッピーバースデー……ダディ!!ねえ、ねえ――ダディ……これからも、ずっと僕とママの側にいて僕らを守ってくれる?」 「ああ、もちろんだよ……ジンジャー。ダディは……ずっ……と……」 と、言いかけた所で――ある異変に気付いた。 『ねえ、ねえ……ママ――ダディは喜んでくれるかな?』 『ええ、きっと喜んでくれるわよ。だって、サプライズでバースデーケーキを渡すんだもの……ダディにとって最高のバースデーになるわ』 キッチンから聞こえてくる妻の杏奈と、息子のジンジャーの楽しそうな会話_____。 だとすると、今____ボクの目の前にいてバースデーケーキを抱えながら立っているのは――いったい誰だというのか。 『ハッピーバースデー……ディア、豚野郎のエディ__ハッピーバースデー……トゥ、ユー……ほら、早く受けとれよ……』 ついさっきまでジンジャーの姿だったモノが、まるで蝋燭が溶けるかのように段々とその形を崩していき、やがて――かつての幼なじみのジャックの姿へと変化していった。 『あいつも……お前がバースデーケーキを受けとるのを今か、今かと……ずぅーっと見ているぜ?』 両手にバースデーケーキを持ったまま、左胸にナイフが突き刺さり血まみれ姿の《ジャック》が言ってきた。そして、目線を右にあるベッドの方へと動かす。 何のことはない。 ボクが、いつも寝ているベッドだ。 もちろん、誰かが潜んでいる風でもなかったのだけれども《ジャック》の目線は先程からずっとそちらに向けられている。 それはそれで気になったけれども、とりあえずボクは__今はもうこの世にはいないはずの懐かしい友達の幻影に心動かされたせいで《ジャック》が手に持っているバースデーケーキを受けとろうとした。 ぎこちない動作ながら、それを両手に持とうと手を伸ばした時――チョコレートプレートの文字に目が釘付けとなった。 ホワイトチョコレートのペンで、 【 Wake up not a dream (醒めない夢) 】 と書かれているのだ。 唐突に、《ジャック》がケタケタと壊れた玩具みたいに薄気味悪い声で笑う。そのせいで、ボクはバースデーケーキを床に落としてしまう。 しかし____、 ドチャッ――という音がしたにも関わらず、ボクが再びバースデーケーキを見ようとした時には既に《ジャックの姿をした》ソレは見えなくなっていた。 まるで、最初からそんなものはなかったかのように忽然と形をなくしたバースデーケーキ。チョコレートプレートもなくなっていたのだけれど、不可解なことに__机の上にあったはずの《黒い箱》がコロコロとベッドの方まで転がっていく。 (拾わなきゃ……これを__ボクは拾わなきゃいけない……っ……) 闇夜をさ迷う夢遊病患者のようにフラフラと足を進めていくと、何の躊躇もなく転がった《黒い箱》を拾おうと手を伸ばした。 そして____、 身を屈んだボクは《黒い箱》を拾おうとしたことを、とてつもなく後悔した。 狭いベッドの隙間の奥の方で___。 金髪碧眼の、天使みたいな姿をした美少年がカッと目を見開きながら、ボクをじぃっと睨み付けている。 【ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……ずっと……ずっと、ずっと……ずっと……ずっと、ずっと……ずっと____】 口から白い泡を吹きながら、睨み付けてくる《天使みたいな姿をしたアレン》は執拗にその言葉だけを繰り返す。 「____ひっ…………!?」 あまりの恐怖に言葉さえ出て来ない__。 それでも、何とか震える足で踏ん張りながら立ち上がったボクは新しい家族がいるキッチンへと駆け出そうとした。 でも、 《アレンの姿をしたソレ》からは逃げられない。 きっと、 これからも、ずっと____。 【___うん。ずっと、いっしょだよ……弱虫のエディ?キミだけ家族に囲まれて幸せになろうなんて……絶対に、絶対に許さない――僕たち三人はずっと、いっしょ。ハッピーバースデー……トゥ、ユー。さあ、醒めない夢を、どうぞ?】 † End †

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