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◆ ◆ ◆ 夜のラブホテル____。 世間一般でいう枕営業と呼ばれる行為に夢中で耽っていた俺は、ふと上に乗っかっている男の目を媚びるように見つめた。 そして、今まで幾度となく使ってきた《殺し文句》を囁く。もちろん、醜く肥えた豚のような男の背中に両手を絡ませ上目遣いでデレデレと鼻の下を伸ばしている奴を魅了しながらだ。 「パパ……今夜も乙哉を可愛がってね?乙哉、パパのためなら__何でもしちゃう!!」 (____だから、これからも俺のためにせいぜい金を落とせよな……この豚野郎!!) などとは到底口が避けても言えずに、俺(男性アイドルの乙哉)は必死でドス黒い腹の内を隠して笑みを浮かべながらパパ(どっかの会社の社長)の耳元へと猫なで声で囁きかける。 本当ならば、こんなことは乙哉だってしたくはない。百歩譲って男性アイドルの表向きの仕事は楽しさもあるため大変なことばかりだけれども何とかこなしているものの、裏の仕事ともいえる枕営業なんて真っ平ごめんなのだ。ファンを激昂されてしまえば面倒ごとも増えるし、最悪の場合__ストーカーのオンパレードとなり平穏な日常なんて過ごせない。 一度、枕営業をしたために調子に乗ったストーカーがまとわりついたせいでスキャンダル騒ぎとなり週刊紙に取りざたされてウンザリしてしまった乙哉だったのだが、その時に色々と揉み消すのに協力してくれたのが、今まさに乙哉の上に乗っかっていて鼻息を荒くしている社長だった。 社長の名は伊達じゃなく、彼は大金を乙哉に貢いでくれる。 それは、両親が既に他界して一人で兄妹二人を育て上げなくてはならない乙哉にとって__まさに救世主ともいえる存在なのだ。 だから、社長だけには媚びを売るしかない。 ギシッ…… ギシッ……ギッ__ ベッドのスプリングが放つ規則的な音を耳にしながら、乙哉は目を瞑る。瞼の裏に兄妹の笑顔が浮かんだ時、ふいに扉の外側からノックする音が聞こえて社長も乙哉も激しく揺らしていた体の動きを止める。ちなみに、それとほぼ同時に演技めいた喘ぎ声も止めた。 「失礼します____お客様に、お荷物が届いていらっしゃいます。お渡ししたいのですが、宜しいでしょうか?」 淡々としたホテルの職員の声が聞こえ、社長が俺の体から離れる。そして、真っ赤なガウンを羽織ると、そのまま奴は扉の方へと巨体を揺らしながら歩いていくのだった。 「それ、何ですか……?」 「ああ、私宛に届いた赤ワインだ。乙哉、私はこれを飲みながら待ってるから__シャワーを浴びてくるといい。また、後で甘いひとときを過ごそうじゃないか」 ◆ ◆ ◆ 甘いひととき(と思っているのは社長だけだ)である情事が終わり、俺は尚も体を求めてくる社長を誤魔化してなんとかシャワーを浴びに浴室へと来た。いや、逃げてきた____と言っても過言ではない。 テレビに出ているような人気俳優(もしくはモデル)ならばいざ知れず、相手はただ金を生み出す事が出来るオヤジなのだ。顔が格好いい訳でもない社長なだけの男なのだ。 (あの社長なら……俺の代わりだって__いくらでもいるだろ――ああ、イライラする……っ……) おそらく赤ワインを飲みながら俺を待ってるいる社長にとっても、それ以外のファンを自称する奴らにとっても__【人気アイドルの乙哉】でしかないのだ。もっと言ってしまえば、自身の欲望を満たすための【道具】か、はたまた【玩具】でしかない。 それを自覚した途端に、何ともいえない寂しさと虚しさが込み上げてきて少しだけ乱暴な手つきで頭をガシガシと洗い終え、尚且つ洗身をし終えるとそのまま笑顔を作りつつ社長が待ってる部屋へと戻るのだった。

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