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sneak into Galapagos-1

※2人で大学に来たよ。 ちょろちょろ。小さな生き物が左へ回る。 ちょろちょろ。今度は右へ。 右往左往、青年の周りを伺って、構ってくれないか遠慮がちに見上げて。 「いずみ」 「ん?」 「…いずみ、あそぼー」 遊ぼう、という誘い文句を純粋な意図でつかう。 甚だ不思議な年上は、それでも小一時間は相手の課題が終わるまで我慢していた。 「俺は昼から大学に行くけど」 「あ、そうだね」 利口に納得したフリをして、尻尾があれば見る見る垂れ下がっている。 「一緒に来る?」 頬が色づいて、きゅっと唇を噛む。 目を飴玉みたいにキラキラさせて、萱島は期待を露わに袖を掴んだ。 「い、いいの?迷惑じゃない?」 「お前が全部俺の言った通り、いい子に出来るならな」 「分かった!じっとしてる!」 無い物ねだりなのか、単なる人より過剰な好奇心なのか。 萱島は大学が好きだ。 最初に連れて行ってもらってから、何かにつけて青年に学校の事を問うようになったり、些細なニュースにすら耳を欹てるようになったり。 ただ単純に、食堂が気に入った可能性も大きかったが。 「今日は講義出るから、その間はつまらなくても大人しくしてること」 「えっ、一緒に聞けるの」 「大教室ならバレないから大丈夫だよ」 するとごく偶にやる、ふにゃっと溶けそうな笑みを寄越した。 思わず頬に触ろうとしたら、それより早く此方の身体へと縋り付く。 「いずみ、ありがとう」 甘ったるい匂いをさせて。柔らかい身がくっつくのを、戸和は目を眇めて撫でた。 ご機嫌な子供は、今にもごろごろと喉を鳴らしそうだ。 さて、連れて行くのは良いとして。 支度の傍ら、青年は要らない鞄へ飴を詰めている相手を見やった。 天下の東城大は、その実あまり風紀が宜しくない。 ブランドを濫用した色事に感け、頭が詰まってるかも怪しい若者が、昼間からテラスでバーベキューを催していたりする。 「携帯だけで良いから、行くよ沙南」 「あ、はい」 萱島と出掛ける際、幾つか戸和が勝手に定めた決まり事があった。 先ず財布は持たなくていいが、携帯だけは必ず肌身離さないこと。 勝手に視界から居なくならないこと。 知らない人に話し掛けられても無視すること。 鳩を見つけても追い掛けて行かないこと。 「ちゃんと上まで留めな」 シャツの2段目を手早く掛け、肩を掴んだまま部屋を後にする。 全部幼子に指切りする内容だが、それでも十分でない。いっそ手錠でも繋いでおければ。 「1限目は何の授業?」 車に移り、助手席に掛けた萱島が頬を染めて問うた。 「国際行政論。もうお昼だから3限目な」 たったそれだけで殊更頬を緩ませる。 大して面白みもない講義が、途端特別な枠になってしまった。 いつもそうだ。エンジンを掛ける手前、戸和は自分のスマートフォンを渡してやった。 「時間割だ!」 すごい。呟かれた言葉に目を眇める。 一体何が凄いやら分からないが、その規則性のないパズルがとても面白かったのだろう。 結局行き道の間中眺めていた。 萱島を伴い、車体は静かに構内へ滑り込む。 申し訳程度に植えられた緑が横切り、光景に引き摺られた面が上がる。 平日の昼ともなれば、大通りは学生が次々と行き交っていた。 既に講義を終えて帰るもの、これからカリキュラムを控えたもの。 ちょっとした街の様な光景に、今日も不思議な心地で魅入っている。 萱島は以前にも思ったが、此処は独立国家だ。 社会の枠組みから外れた若者の自治区。 だから興味深いし、何だか時折哀しくもなった。 「何時来ても凄く綺麗だね、なんか箱庭みたい」 「確かにな。ただウチは珍しい黒字経営だから、後ろに寄り付く物は汚いぞ」 「そうなんだ…大学法人って公共性を求められるから、もっと収益事業はふれちゃいけないんだと思ってた」 本当に測り難い人間で、小難しい話題はするすると出てきたりする。 中身の分からない頭を撫で、青年は国産車のブレーキを踏んだ。 「降りるよ」 ドアを開けたらぴゅっとレーダーが立つ。 素直に従う手を引いて、戸和も久方振りのキャンパスへ踏み出した。 駐車場を出て通りに出ると、過ぎ行く学生らが両者をちらちらと振り返る。 片や法学主席の超有名人。片や、その隣の天使みたいな生き物。 ただ当の萱島は、視線の原因をちょっとズレて解釈していた。 見渡せど手を繋いで歩くのは自分達だけだ。 非常に気恥ずかしかったが、青年は離してくれそうもない。 「…ねー、手ずっと持つの?」 「お前直ぐ勝手に何処か行くだろ」 そんな馬鹿な。急にシビアに顔を潜め、もごもご口中で反論する。 最近大人しくしていたにも関わらず、やっぱり信用が無い。 「ちょっと大袈裟過ぎるんじゃないの」 「何い?また生意気言い出したのか」 「いたっ、何でいつもそうやってつねるん…」 其処で急に萱島が二の句を引っ込めた。 大きな目がまじまじと青年の背後を観察し、何度か無駄な瞬きを繰り返す。 「いずみ後ろ」 「後ろ?」 「…あ、戸和くん…ですよね?」 聞き覚えのある声がして、上体を捻った。 其処には頭の悪そうなアロハを纏い、休暇の間に更に妙な髪色になった友人が居た。

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