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SANYAちゃん

※題字の通り下らない獣化です モソモソ、傍の感触が身じろぎする。 微睡みから覚め、戸和は間近の愛おしい体温を探る。 「にゃあ」 突然猫が鳴いた。 未だ夢の狭間に居るはずは無いが、やけに耳元で猫が鳴いた。 よもや隣の生き物を疑う他なく、布団に溺れる身体を抱き寄せる。 「みぃ」 「…沙南」 姿を確認した、青年は珍しく呆けていた。 「お前その頭どうした」 いつものふわふわした頭の上、これまたふわふわした三角形の耳が乗っている。 思わず手を伸ばせば、勢いに身を竦めて避ける。 そのまま布団の海へ上体から突っ込み、今度は上下に泳ぐ栗色の尻尾が顕になった。 (未だ寝てるのか) 最早夢の中を疑う他ない。 布団が気に入ったのか潜り込む生き物は、どう見ても血の通った耳と尻尾が生えている。 確かに元々人間か怪しい節はあったが、突然猫に化けるとは。 シーツへ打ち付ける尻尾を眺めながら、青年は表層より混乱した頭を纏めに掛かった。 「…こっちおいで」 普段に増して好奇心が強いのか、未だ布団に絡まって遊んでいる。 呼ぼうが振り向きもしない。 布団を払い、シャツの首根を引っ張った。 嫌そうに鳴くのも構わず、無理に膝の上へと動かした。 「自分の名前は分かるな?」 眠そうに顔を擦る。 話に集中する素振りもなく、様相から完全に猫である。 まあ、普段からそうだった。 仕草やら見目やら、生まれて数ヶ月の子猫に近かった。 「ふみゃうぁ」 (なんか鳴いてる) まん丸の目を瞬き、ぶるぶると頭を左右に振る。 手を伸ばして髪を払ってやれば、擽ったそうに片目をくっつけた。 正直に言えば可愛い。 が、何せ突然のことで参っていた。 飼い主の困惑など知らず、萱島は相手の手にじゃれつき、ぺろぺろと舐め始める。 単なる遊びに思考が切られ、確認も加えて無理やり口を開けさせた。 心なしか八重歯が尖っていた。 それ以外は特に変わりない。 嫌がる猫が身を捩り、相変わらずみーみーと何処から出してるか分からない音を漏らす。 「…どうなってる」 理解が及ばず手を離せば、ぴゅっとベッドから飛び降りた。 その動作の身軽なこと。 更にはご丁寧に四足歩行で寝室を過ぎり、ドア前をうろうろ回り始めた。 「にゃあ」 小さな背中が座り込む。 其処だけ独立したような尻尾が、ワイパーみたく床を滑る。 「床掃除するなよ」 仕方なくさっさとドアを開けてやった。 隙間が生まれるやするりと抜け出し、猫は長い廊下を音も無く走り出した。 ドアが開けられないということは、知能も相当レベルに下がっているという事だ。 分かる話はその程度で、姿を追いかけながらも青年は携帯から何処ぞへ電話を掛ける。 「…先生、すみません朝早くに。お伺いしたい事がありまして」 また中扉で支えていた。 追いついて出口を作れば、矢張りというべきか生き物はキッチンへ突進していった。 「人間と猫のハーフって確認されていますか?或いは、突然人間が猫に変異するとか」 我ながら何を喋っているのだろうとは思った。 案の定、研究者だか医者だか、肩書のいっぱいついた男のトーンが下落してゆく。 「いえ、そういう訳では」 ガタンガタン、行き先から物音が生まれる。 何かひっくり返す前に姿を探し、戸棚からはみ出す尻尾を見つけた。 「…失礼しました、今の話は忘れて下さい」 早々と電話を切る。 掛ける先を間違えた、危うく恋人が解剖される所だった。 相変わらず話を間違えれば恐ろしい相手だ。 ただ他に知識人の繋がりなど居らず、医療機関は更に頼る気になれない。 (取り敢えず何を食べるやら) 漸く戸棚から出てきた姿は、何か大袋を咥えていた。 にぼし。 妥当なセレクトを見守っていると、未開封のそれをどうにも出来ず引きずり回す。 再び襟から捕まえ、袋を奪った。 添加物は入っていない。 にーにー鳴く声に急かされ、開いたものをざっと小皿へ出してやった。 「…そういや明日は試験か」 匂いをふんふん嗅ぐ様を眺めつつ、思い出した先の予定を声に出した。 流石に学科試験の欠席は難しく、明日もこの状態なら誰かに預けねばならない。 真っ先に副社長の顔が浮かぶも、彼は尚更忙しい。 どうしたものか。 にぼしを齧り始めた猫を覗き込んだ。 「ふにゃ」 そもそも会社。 頻りに揺れる耳を触れば、また勢い良く頭を振った。 端からこうだった気さえしてくるから恐ろしい。 にぼしを完食してぺたんと両耳を伏せる、無垢の塊でしかない生き物は、飼い主の不安を察してかするすると傍へ擦り寄った。 (2018.5.6) つづくようなつづかないような

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