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Bermuda Triangle
オムライスが食べたい。
凡そ寝起きの人間が考える事でないが、萱島の場合生活の根幹が食にある。
布団を跳ね除け、よろよろと這い出し、無駄に長い廊下をキッチンへ向かう。
あの幸せの黄色いふわふわを思い浮かべながら、壁にぶつかりつつも進む、次第に行く先からは会話が漏れ始める。
「――…閉めるか、一応夏季休暇の体で良いだろ」
雇用主の声へ、簡素な親友の返事が被さる。
珍しくも2人キッチンへ居るらしい。
萱島はぴたりと手前で脚を止め、何故か盗人の様に隙間から中を覗き込んだ。
「実家帰んだろ」
「いやー、迷う」
「帰ってんだろいつも」
因みに長らく同居した経験から言えば、あの責任者2人が対面しているケースは3パターンだ。
1、殴り合いを始める前兆
2、猥談で爆笑
3、仲悪いアピールに終始
さて今はどれだ。
考えたらどれにも遭遇したくない。確実に食欲が落ちるし、面倒臭いし、IQが下がる。
「で、何?帰んの?」
「いやー、折り合い悪いんだよな」
「帰るってことな」
「お前考えてもみろよ、俺が帰ったところで」
「…いつまで同じやり取りしてんの!!」
忍耐の限界を迎えた萱島がドアをぶち開ける。
居たのか、という面で固まった2人が、憤る生き物を不思議そうに見ていた。
「何だよ、おはよう」
「毎年帰ってるんなら帰ればいいでしょ」
「そんな怒ってどうしたよ」
別にどうもしていない。
保護者2人を追いやり、萱島は勝手知ったる冷蔵庫の最下段を開ける。
中には昨日買い置きしておいたオムライスがある。
料理なんて出来ずとも、現代はボタンを押すだけで洋食屋にトリップ出来るのだ。
「…今日は仲いいんだね」
嫌味を多分に乗せたつもりだった。
ボタンを押す手前、レンジの扉に反射する2人は顔を見合わせていた。
「お前アレか、さては俺と遥が年中喧嘩してると思ってるな」
「してるじゃんか…!」
「流石に年中はしてないだろ、考えろよ」
グシャグシャ。
力任せに包装紙を丸め、ダッシュボードへ怒りを込めて投擲する。
この場に御坂先生が居れば。
確実に此方の味方をしてくれたが、少数派の現状では黙るほか無かった。
もう話しかけまい。無視を決め込んだものの、双方の興味は既に萱島へ移りつつある。
あと1分、30秒、完成、電子音。
背中に不要な視線を受けながら、萱島はほかほかになった黄色い幸せを取り出した。
「朝からそんな物良く食べるな」
「サラダか何かつくろうか?」
やっと何時もの気遣いを出した本郷に、曖昧な呻きを返す。
部屋で食べようかと思ったが、無駄に長い廊下のお陰で冷めるのは嫌だった。
「…オム、オムライスー、まるいオムライス…」
表面をスプーンでつっつくと、中身の無い歌が零れ出る。
ふわっとひとつ掬いとり、湯気が引かぬ間に口へ放り込んだ。
ソースとの対比で、際立つ甘さがじんわり広がる。
想像以上の美味しさ、釣られて口元まで甘ったるくとろけ始めた。
「…CM売れそうだなーアイツ」
「めちゃくちゃ可愛い」
「しかしあれLサイズだろ、朝っぱらからどんだけ…」
傍観していた神崎のぼやきが止まる。
否、Lサイズも何も。
今まで象の餌かと見紛う量を、朝から晩までねだられる儘与えていたではないか。
「お前さ、あの生き物からもう要らないって聞いたことある?」
「いや知らん、あげたらあげただけ食べるから」
なにそれ。怖い。
「ちょっと待て、“あげたらあげただけ食べる”って可笑しいだろ」
「今更其処に言及すんのか」
「良いから一度立ち止まれ、この問題は看過してはいかん気がする」
俄にシリアスな空気を纏い、神崎は嬉しそうに冷食を貪る子どもへ歩み寄る。
「…沙南ちゃん、昨日のカレー食べる?」
「いいの?」
機嫌が戻った。
この数分の間に手元のトレーは空になり、いつもの飴玉が爛々として此方を見上げている。
「好きなだけ食べていいよ」
「わーい」
一番大きなサラダボウルに米を盛り、カレーは鍋ごと置いてやった。
確かに今更だが可笑しい、この時点で一般的な朝食の光景と乖離している。
萱島は何の抵抗もなく、おいしいおいしいと中身を減らしていく。
最早動物でもない。
シンバルを叩く玩具とか、その辺の類いだ。
「いつも多めに作ってんだけどな、足りないのかな」
「そういうレベルの問題じゃなくない?脳天気な奴め」
カレー無くなる。
底の現れた鍋を寂しそうに見やり、放っておけばご飯のおかわりに立ち上がろうとする。
奇怪な生き物に耐え切れず、神崎は隣から半ば食器を奪い取った。
「あ」
「お腹いっぱいになったな?」
「…え?ふつう」
「普通って何だ、分かるように絶対評価で言え」
「うーん…半分くらい」
鍋の容積と萱島を見比べる。
神崎は突如椅子から相手を持ち上げ、洗面所に向かって走り出した。
「な、なになになに」
「はい、体重計乗って」
すとんと銀色の台へ降ろされる。
萱島は目を白黒させたまま、表示された計測値をじっと覗き見た。
「お前痩せた?」
「ううん」
「じゃあ何で体重が増えない?」
「え、食べたら無くなるんじゃないの?」
朝の洗面所へ沈黙が満ちる。
幽霊だとかドッペルゲンガーだとか。
この世の怪奇現象に懐疑的だった神崎が、怪獣の存在を目の当たりして頭を抱える羽目になった。
「無くなるかよ!」
「…え、じゃあ何処いくの?」
「知るか!」
胃がバミューダトライアングルに直結しているのか。
もしくは質量を超えたニュータイプの生物だったのか。
いずれにしても、どうやら自分達はとんでもないものを飼っているようだ。
(コイツ御坂に捕まったら解剖されるな)
超常現象にブチ切れるあの男のこと。
冷めた目で分析する神崎を他所に、萱島はまた食事の続きを求めて逃げ出した。
キッチンの本郷はどうせサラダを用意している筈だ。
そして近々、冷蔵庫を業務用に買い換えるに違いない。
どうせ味も分かってないのだから、大量にオートミールでも流し込んでおけばいいものを。
連れに怒られそうな答えを仕舞い、神崎は怪獣を追いかけ洗面所を後にした。
(2018.5.3)
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