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※情愛過多
(沙南ちゃんにアクションを起こされると弱い和泉くん)
遁辞では無いが、態々覗き込んだつもりはない。
偶々目に入ってしまっただけだ。
『心奈:明日のお昼一緒に食べよ!』
無造作に放られた携帯が光り、ポップアップへハートだらけのメッセが踊る。
明日は試験があるそうだから、大学に向かう旨は聞いていた。いやそれよりも
心奈って誰。
自然、昼ドラの様な台詞を浮かべ、萱島は一点を呼吸も忘れて睨め付けた。
なんせ、その後に続いた二通目。
『心奈:終わったらカラオケ行こー?とわっちなら何でもOKだよ、心奈フェ◯うまいんだよ。。。やばば、なんちって~』
なんちって~
最後のノリツッコミを見送り、とうとうそのままベッドから衝撃で転がり落ちていた。
…フェ◯うまい?って何?
萱島は頭を打ち付けた衝撃も忘れ、マンションの高い天井へ逃避する。
最近の若者の事情なんぞまるで知らない。
まじ卍(かなり古い)だの、スタ爆(これもやや古い)だの。
コミュニケーション文化の違いは承知しているが、まさかカジュアルな会話でその様な単語が登場するものなのか。
「…どうなの?それ…実際にやる訳じゃないの?」
「沙南」
「What's up?みたいなもんなの?」
「何を地面に転がってる」
居らっしゃったのか。
漸く相手の存在に気づき、萱島が上体を跳ね上げる。
挙動の異様さに首を傾げるも、特に気にした風もなく戸和は薄い肩を引き上げた。
「寝るならベッドにしろよ」
「寝てない、そうじゃない…何て言うかその」
何時もより口数が多かった。
しかも首まで紅潮させては、妙に追い詰められている。
「あの、」
じっと漸く飴玉が戸和を見た。
知らない間に至近距離。何を考えているのか、丸い頬が益々色づいて床を向いた。
「…どうした」
甘い匂いがしたから唇に噛み付いた。
いつもの様に怯み、首を竦め、腰が逃げるのを押さえる。
そのまま背後のベッドへ倒そうとした。寸前、萱島は斜め上へ向かう質問で時を止めたのだった。
「い、和泉…フェラする?」
さしもの戸和も固まる。
其の様な単語、平静なら恥ずかしがって言えもしない。
「あれ…?される?」
「何言ってんだお前」
「な…何を言ってるんでしょうね」
改めて腕の中を見た。
表面こそ懸命に落ち着こうとしているものの、目やら頭やらがぐるぐる渦巻いている。
また勝手に追い込まれてパニックになっているのか。
愉快に眺めていたら、暴走し始めた萱島がぐっと青年の両肩を押しやった。
「や、やり方が」
「ん?」
「やり方が…わかんないんですが」
揺れに揺れた視線が下へ移る。
“うまいんだよ”
教えを請おうとした刹那に、過ぎった文面が口を塞ぐ。
何だそれ。勝手に人の彼氏を捕まえて、勝手に下半身に何する気だったんだ。
人の、
(…腹立たしい)
独占欲、というのは萱島の場合あまり表面化しない。
なんせ自分如きが束縛するなど、大変に恐れ多い行為だったからだ。
だが戸和の存在は究極のイレギュラーだった。
勝手に知らない人間が、自分以上の行為をするなど。
「沙南、待て」
止める間もなく、混乱した萱島は床へ跪く。
そうして相手のベルトへ手を伸ばし、後先考えず外しに掛かっていた。
「どうしたお前」
どうもしてない、と言いたいが生憎回路は焼き切れている。
前を寛げ、布をずらすまでは勢い。
然れど物を前にした途端、見事に気恥ずかしさと焦燥から固まる。
(ど、どうやって)
したら。
さあっと頭の天辺まで熱が込み上げ、全身の脈が五月蝿い。
手を使えばいいのか、何をどう動かせば良いのか。
沸騰したまま顔を埋め、中心へ懸命に舌を伝わせた。
(何をしてるんだコイツは)
大きく出た癖に、子猫の様な所作を眺める。
切羽詰まった萱島を見るのは楽しいが、今日は勝手が違った。
突飛さに流石の青年も驚く。
目を眇め、献身に必死な頭を撫で、肩を触って。
自由にやらせ、じっと動向を伺っていたものの。
(…ド下手)
何処までも拙く、子供がアイスを頬張る程度の動き。
咥えようと頑張っているが、無理なのは知っている。
戸和の指を少し押し込めただけで、いっぱいになってしまう様な小さな口内。
邪魔をして、頬を撫でていた指で唇を摘んだ。
唾液に濡れた箇所が熱い。
柔らかく触っていれば、息の粗い萱島が困惑して青年を見ている。
「…ご、ごめんなさい」
暫くして、消え入りそうに吐いたと思えば謝罪だった。
「何で謝る?」
「お…、こってる」
怒ってなどいない。
然れど事実、痴態を眺める瞳は獣の様に鋭い。
本来の攻撃性を丸出しに、蹲る可愛らしい姿を睨む。
萱島が怯えて身を退くや、軟い腕を掴んでベッドの上へ引きずり上げていた。
「…ひ、っぃた」
いずみ、上擦った声が呼ぶ。
折檻されるとでも思っているのか。
弱い身体を押さえつけ、戸和は首筋へと無遠慮に噛み付いた。
また小さな悲鳴が上がる。
皮膚は切れないまでも、離せばくっきりと型がついていた。
喘鳴する萱島は、ぼろぼろ泣きながら青年を見ていた。
「、き…きもちよくなかった…?」
良い訳があるか。
そう詰ろうとして、余りに健気な相手に思い止まる。
「し、したことなくて」
「当たり前だ」
「や…やり方を」
「黙ってろ」
次はシャツを剥いだ肩へ噛み付く。
最近やや、力が過剰になってきた。
2つも歯型をつけられた萱島は、目を真っ赤にして嗚咽を飲み込んだ。
「いっ…いたぁ」
理不尽な仕打ちだとは思う。
どうしたって体格でも勝てないから、何時も一方的だ。
無意味にシーツの上を泳いで、折れそうな首を晒し、恨みがましげに青年を睨む。
既に身体へ力も入らず、身悶えて相手のシャツを握った。
「…未だ使わせる予定も無かったのに」
耳元へ吐かれた台詞に困惑する。
同時に唇を触られ、いつもの様に指を押し入れられた。
「っぅ、んん…」
「妙なテレビでも見たのか?」
違う、そっちにある携帯だ。
しかも自分ならそんなメッセージ、絶対怒るじゃないか。
言いたいことはごまんとあったが、結局一つも言葉にならない。
シャツの合間から背中へ手が滑り込み、萱島はびくびくと全身を震わせた。
「ふぁ…、あ」
「背筋撫でただけでこんなに反応して」
それは、そっちが変なふうに触るから。
耐え切れずに胸へ縋れば、ぐっと被さる様に抱き込まれた。
「可愛い奴だな」
頭が真っ白になる。
どれだけ理不尽に扱われようが、息の詰まりそうな愛を感じて黙ってしまう。
心なしか性急に後ろを解され、体重とともに中へ突き入れられた。
何度経験しようが慣れない感覚、
もう痛みすら無く、溺れそうな気持ちよさに、目前の彼へ助けを求めて縋り付く。
「ぃ、いず…みっ」
「沙南」
そろそろ優しくしてくれるかと思いきや。
戸和は両腕を剥ぎ取るや、シーツへ一切を押さえ込む。
何も隠せない体勢を覗きこまれ、羞恥やら快楽やらに追い詰められる。
二度もパニックに陥りそうな視界、青年の黒い瞳へ鈍い光が走っていた。
「俺のだって言え」
理性の剥がれた猛禽類が見ている。
「言えよ」
微塵も自由の利かない中、首まで真っ赤にしながらも萱島は声を絞った。
「…い、いずみのだよ」
そんな事、態々言わせなくても結構じゃないか。
反論を構築しようとして、唇から何から塞ぎ込まれる。
会話はその辺りで終わってしまった。
以降、口どころか思考を挟む隙も無かった。
(2018.4.1)
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