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第1話

 深夜、前触れもなしに押しかけてきた古馴染みは、開口一番「まるで生きた屍だな」と平坦な声でエドゥアルトの有様を皮肉った。 「一応これでも僕はゾンビではなく吸血鬼だよ」  エドゥアルトは、古来より不死の王と呼ばれ、人々の畏怖の対象であった吸血鬼(ヴァンパイア)である。  古びたカウチに寝そべり、ぼんやりと窓から半欠けの月を眺めていたエドゥアルトは視線を月から古馴染みへと移す。  そこではじめて、古馴染みが一人ではないことに気付き、淡い翡翠色の双眸を瞬かせた。  彼は、土産にしては奇妙なものを腕に抱えていた。 「それはなんだい?」  「わからないか? ついにそこまで耄碌(もうろく)したか」 「人を年寄り扱いするのはやめてくれないかな」  確かに古馴染みよりは数百年分年を食っているが、自分たちの年齢を考えればもはや百年や二百年など誤差範囲だろう。 「捨ててあったから拾った」 「うん。拾った場所に返しておいで」  それは、道端に落ちていたからと言ってほいほい拾うものではない。  古馴染みの腕の中で寝息をたてているのは、どう見ても犬や猫の子ではなく人間の赤子だった。  獣の子も人間の赤子も古馴染みにとっては同じ価値でしかないのかもしれないが、それを自分のところに持ち込むのはやめて欲しい。  イヤな話の流れになりそうな予感がひしひしとするから。 「どうせ死にかけだ。……さっさと飲め」  案の定、予感は的中した。 「美女がいい」 「贅沢言うな。今の時代、女一人攫うのもままならん。それに、おまえは女の血など飲まないだろう」 「まあね」  今の彼は女の血どころか人の血そのものから遠ざかって久しい。  人血を飲まなくなってすでに半世紀以上たつ。  喉の渇きは酒で潤し、空腹は寝て誤魔化す。  飢餓を覚えることすらここ数年なくなった。  あとは、朽ちて塵になるのを待つだけだ。  特別、何があったわけでもない。  ただ、生きるのに()いた。 「……同族も、もう僅かばかりだ」 「そうだろうね」  吸血鬼は、もはや滅びゆく種族だった。  人類は発展し、――その血は吸血鬼の口に合わなくなった。  様々な化学合成物質や薬物に侵された血は、不味いの一言に尽きる。   血の劣化は吸血鬼の力を弱め、高性能になった銀弾は仲間の命を確実に減らしていった。  ……まったくもって生き難い世の中になったものである。  絶滅危惧種として保護してもらいたいくらいであるが、相変わらず人間は吸血鬼がお嫌いらしい。  保護するどころか、今でもヴァンパイアハンターやらエクソシストやら…つまり異形を滅しようとする輩は存在していた。彼らは異形種を根絶するまで戦い続けるのだろう。ご苦労なことである。  だが、黒き森の片隅で隠居生活を送るエドゥアルトは、現状を打開しようという気はなかった。  吸血鬼を束ねる立場の昔馴染みは、そんなエドゥアルトをなんとか表に引っ張り出そうと画策してくる唯一の相手である。

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