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第2話
「まだおまえに死なれては困る」
昔馴染みは勝手なことを言い、エドゥアルトの腹の上に赤子を放ると、受け取り拒否を口にする隙を与えず霧になって消えた。
暗い室内に残されたのは、痩せこけた吸血鬼とこれまた痩せこけた赤子のみ。
「…………」
放られた衝撃に目が覚めたらしい赤子と目が合う。
赤子は泣きもしないで、その無垢な瞳を向けてきた。
「なかなか腹のすわった人間だな」
月明かりに照らされた青い瞳がじっとエドゥアルトを見つめる。
それは、かつて目にしたことのある昼間の空の色だった。
こくりと喉が鳴った。
久方ぶりに空腹感を覚えた。
月が雲に隠れ、辺りが闇に包まれる。
エドゥアルトは赤子を持ち上げると、その首筋に口を寄せた。
薄い唇から白くて鋭い牙が覗く。
尖った牙の先が赤子の柔肌に食い込む寸前――
頬にぱくりと食いつかれた。
そしてそのままちゅうちゅうと音を立てて吸われ、唖然とする。
予想外の出来事に驚き、牙が引っ込んだ。久方ぶりに感じた食欲も瞬く間に消え失せた。
「……なかなか上手いじゃないか」
結構な吸引力で食らいついてくる赤子を賛辞する。
先を越されても、なぜか腹は立たなかった。
それどころか吸血鬼の真似事をする赤子に忍び笑いが零れる。腹が震えるほどに笑ったのは一体何百年ぶりだろう。
「食い意地の張った子だ」
生きようとする力が強いのだろう。
「ふふ、負けたよ。僕の負けだ」
「うー、うー」
ちゅっちゅとまだ頬を吸っている赤子を引きはがすと不満も露に唸った。
じたばたもがきながらもそれでも泣かない赤子に対し、だんだん愉快になってくる。
「君が吸血鬼なら、僕は先に君の餌になっていた」
生きるに厭きた自分よりも、生きたいと願うこの赤子の方が、きっとずっと今の世に適応しているのだろう……
「さて、どうするか」
捨ててしまえば簡単だが、そうした場合、意外におせっかいな古馴染みは懲りずにまた新たな獲物を攫ってきそうだ。
それはそれで面倒くさい。
「そうだ。君を育てることにしよう」
人の考えた作り話に確かそんなものがあった。
やせ細った迷い子を食べるために育てる話。
あれは魔女だったが、魔女も吸血鬼も人間にとっては等しく化け物に分類される。
人間の物語をなぞらえ、飼育し、食す。
……それなら古馴染みも納得する、――かもしれない。
最期にそんな気まぐれに興じるのも面白そうだ。
まんざら悪くない思い付きに思えた。
「そうと決まれば、……まずは育児書かな?」
とりあえず、どんなことでも形から入るのが彼の習性だった。
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