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第3話
その日から、エドゥアルトの子育て生活が始まった。
赤子にミルクを与え、泣く子をあやし、育児書にならって日々の成長を見守った。
エドゥアルトは凝り性なところがあったので、熱中している間は子育てをまったく煩わしいとは思わなかった。
もちろん一筋縄でいかないこともあったし、失敗して殺しかけたことも……溺死、焼死、毒死、転落死など、予期せぬ不幸な事故がありはしたものの結局死なずに生きているので問題なかろう。人の子の生命力はなかなか侮りがたいものがある。そんなしぶとさも新鮮な驚きを彼にもたらした。
すくすくと、驚くほどの速さで成長してゆく子供を観察するのはなかなか楽しく、良い暇つぶしになった。
ただし、一つ当てが外れたことと云えば、赤子の性別である。
てっきり女児だと思っていた赤子の股には、小さな男性器がついていた。
赤子は男だった。
将来、美女に育つ可能性すらないのが少しだけ残念であったが、なかなか目鼻立ちの整った赤子であるため、美男子には育つかもしれない。
「ふぎゃーーー!」
「はいはい、頬を吸ってもなにも出ないって。ミルクはこっち」
「あーあーっ」
「僕の指をかじっても美味しくないよ。お腹が空いているならクッキーをお食べ。……君は本当に食いしん坊だねぇ」
「えでぃーえでぃー」
「なんで君はお腹がすくと僕の顔にかぶりついてくるのかな…」
エドゥアルトは養い子にエディ―と呼ばせ、養い子をシエルと呼んだ。そしてそれが互いの名になった。
やがて赤子は幼児になり、子供となる。
ころころと床を転がっていた小さき生き物も、二本の足で立ち上がり、よたよた歩きだし、やがて月夜の庭を駆け回りだす。
言葉を覚え、自我が芽生え、好奇心も旺盛になり、外界を知りたがるようになった。
文字を教え、写真集を与え、教養や知識を注ぎ込めば、広い世界に憧れや興味を持つことは必然である。
ある日、町へ連れて出かけたことによって、それに一層の拍車がかかった。
子供にとって、そこは夢のような場所だったのだろう。
頻繁に遊びに行きたがり、やがて学校に通いたいと望むようになった。
吸血鬼と人間の子供。
いずれその道は別たれる。
それは予め確定されていた未来であった。
エドゥアルトは決断し、そして十年間育てた子供をあっさりと孤児院へ託した。
――つまり、捨てたのだ。
結局、一度も子供の血は飲まなかった。
そんなことすら忘れ、子育てに熱中した十年間だった。
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