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第4話
――子供との別れから、十余年が過ぎた。
エドゥアルトは、長年住み慣れた洋館から住処を移していた。
田舎町の外れにある、昔は教会として使われていた建物が今の彼の住居だ。
信仰の失われたその教会に、吸血鬼へ致命傷を負わせるような影響力はなかったが、それでも土地に宿る力は徐々にエドゥアルトを弱体化させていった。
それでよかった。
生きる気力は、子供と別れてから急速に、加速度的に衰えていった。
古馴染みはエドゥアルトの道楽に対して一括り怒った後、それきり姿を見せなくなった。
ついに見捨てられたらしい。
だが、それでよかった。
これで心置きなくこの世界とも縁が切れると思っていたエドゥアルトだったが、そんな彼の思惑はあっけなく覆されることになる。
ある日、教会に一人の男が現れた。
半分に月が欠けた夜だった。
「やっと見つけた」
ぼんやりと月を眺めていたエドゥアルトに、その男はひどく歪な笑みを浮かべてそんな言葉を投げかける。
闇夜に溶けそうな漆黒のロングコートを纏った男は、黒髪短髪ですらりとした長身の若い人間だった。
全身黒づくめの男の胸元には、首から下げた十字架がぶら下がっている。
窓から差し込む月明かりが、揺れる十字架をきらりと反射させた。
「君は…?」
「ヴァンパイアハンターだ」
「そう」
男はエドゥアルトの反応の薄さに苛立ったようだ。
「取るに足らない相手だと侮っているのか?」
「いや?」
取るに足らないどころか、むしろ歓迎する気持ちであった。
さっくり殺してくれるなら手っ取り早い。
残念ながら、自分はなかなか死ねない身体だ。
あと百年ほどは生きねばならぬと考えていたから丁度良かった。
「――俺が誰だかわからないのか?」
男はもどかしげにこちらを睨み、懐から取り出した銃の先端を窓辺のベンチに座るエドゥアルトへ向けた。
苦しげに歪んだ顔には、かつての面影が色濃く残っている。
表情はともかく、予想通りなかなかの美男子に育った養い子に満足感を覚えた。
「さぁね、どちらさまかな」
おそらくその一言は男の逆鱗に触れたのだろう。
引き金が引かれ、銃口から銀の弾丸が放たれた。
サイレンサー付きの拳銃なのか、銃声は小さくとも古びたベンチを貫通させるだけの十分な威力があった。辺りに細かな木片がばらばらと飛び散り、エドゥアルトにも欠片がいくつか当たった。
「……次は外さない」
無残に穴の開いた背もたれへちらりと視線を投げ、エドゥアルトは肩をすくめる。
「ぜひそうして欲しいところだね」
できれば一発で仕留めてもらえるのが理想だが、もしかしたら銃の扱いが下手なのかもしれない。
しかし、男は拳銃を持ったまま今度は空いた手に銀のナイフを握る。
……やはり下手なのか、とエドゥアルトはほんの少し口元を緩めた。そういえば、あまり器用な方ではなかった。
お互いの顔がはっきりと見極められるほど近づいてきた男は、こちらに銃口を向けたまま吐き捨てるように呟く。
「どうしたらあんたを傷つけられるか、ずっと考えていた」
「簡単さ。そのナイフで心臓を刺し貫くか、その引き金を胸に当てて引けばいい。そうすれば君の望みは叶えられる」
「殺すだけじゃあき足らない」
――そこまで憎まれているとはさすがに思わなかった。
人間は、今も昔も想像の範疇外にある。
こちらにとっては些細なことでも、それが彼らにとっては精神を崩壊させたり生死にかかわったりする重大な事柄であることも多い。
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