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第5話

「あんたには何度も殺されかけた」 「……そうだったかな」 「ミルクで窒息しそうになるし、風呂で溺れるし、暖炉で火あぶりにされそうになるし、毒キノコを食べさせられるし、キャッチボールで頭蓋骨陥没しかけるし、木から落とされるし……今生きているのが不思議なくらいだ」  恨みがましく憎々しげに語られる罪状(殺人未遂)という名の思い出話に、あぁそんなこともあったっけとエドゥアルトは懐かしくその時の情景を記憶の底から引っ張り出す。しかし、 (……あれ、僕、なんだかとんでもなく恨まれてる?)  自分なりに一生懸命、それこそ長い年月生きてきたなかで最初で最後…というくらい熱心に子育てをしたはずだったが、所詮吸血鬼のやることだ。不手際もあった。  力加減を誤ることもごく稀に…いや時々…まぁわりと頻繁に養い子をうっかり殺しかける出来事がなかったわけでもない。 (ほらでも、育児に完璧を求めてはいけない、適度に肩の力を抜くことも大切だってベストセラーの育児書に書いてあったし)  心の中でそんな言い訳をするものの、冷えた目で見下ろされると口に出すのは(はばか)られた。 「……抵抗する気はないよ。殺したければ好きにしなさい」  つまり養い子は復讐するためにエドゥアルトを探していたのだと理解した。  こちらにそのつもりはなくとも、男が指折り数えあげた所業はどれもこれも悪質な虐待と受け止められていたとしてもおかしくはなかった。殺しかけたのも大袈裟な誇張ではなく事実だ。  身に覚えがあったエドゥアルトは、唐突にひどい虚脱感を覚えた。  育てた人の子に、自分は憎まれて嬲り殺されるのか。  あるいは、それも「化け物」の末路としてはふさわしい最期なのかもしれない。  月光を映しこむ銀の刃が、エドゥアルトに振り下ろされる。  そして、ざくりと彼が纏った白いシャツを切り裂いた。 「…ッ!?」  驚きに翡翠色の双眸を瞠って身じろぐエドゥアルトに「動くな」ときつく制止の声をかけ、男は吸血鬼を葬るナイフを使って衣服をざくざく切り裂いてゆく。  衣服だったものは、あっという間にただの布切れへと変えられた。  意味不明な行動に出た男をただ黙って眺めていたエドゥアルトであったが、その手が自分の両足を押し広げる段階になってようやくその意図するところに考えが及ぶ。 「僕を、犯すのか…?」  しかし、なおも半信半疑であることに違いはなく、自然と問いかける形になった。  吸血鬼は、吸血の際に人を犯すことに興じる仲間もいる。  それを身をもって知れということだとろうかとエドゥアルトは不可解な行動の理由づけを彼なりに予想する。  ただ、エドゥアルトにとってそれはあまり意味をなさない行為であった。  肉体的に多少傷つくかもしれないが、精神的なダメージを受けるかといえば首を傾げるところだ。  人と吸血鬼との感覚には大きな隔たりがある。  それでも男がそれを望むのなら、拒絶する気はなかった。  男が自分相手に勃つのかどうか疑問が残るところではあるが…、したいならすればいい。それで男の気が晴れるなら、その程度、些細なことだ。  男はエドゥアルトの問いに答える気がないのか、黙々と準備を進める。  愛撫などはなかったが、性交に使う場所に潤滑用の液体を垂らし、指を中に潜り込ませた。  エドゥアルトは奇妙な気分で男のするに任せた。  好きにしろと言ったのは自分なので、好きにさせた。  一本の指が二本になり、三本に増え、そこが十分にほぐれた後、男は自身のトラウザーを寛げ、そそり立ったものをエドゥアルトに見せつけるように取りだす。  月の光に照らされたそれは、人間の発展を象徴するかのごとく雄々しく生命力にあふれていた。  ようやく男が口を開く。 「……あんたは、変わらない。その美しさも自堕落さも……生気のなさも」 「おまえは変わったな。大きく、逞しくなった」  養い子の成長に自然に頬がほころぶ。  エドゥアルトは視線で男の股間を指した。 「そこも大人になった。つい最近まで僕の親指ほどだったのに」 「馬鹿にしているのか」 「喜んでいるんだよ」 「……笑うな」  照れとは違う不機嫌さを向けられ、一瞬で笑みはしぼんだ。  こんなことになっても、エドゥアルトは男が昔と変わらず可愛かった。  完全に親バカである。  手放した子が、銀の銃を携えて自分を殺しにやってきた。  ――考えてみれば、エドゥアルトにとってそれは僥倖だ。  この子を育てて良かった。  たとえ憎しみゆえに訪れたのだとしても、どこの誰とも知らぬ人間の手にかかるよりはよほど良いし、孤独だけを友に長い長い虚無の果てに独り朽ちて死ぬのを待つのも、もう疲れた。  養い子ならば、死出の旅路へ送り出す遂行者として申し分ない相手だ。

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