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第1話
「アマネ511、ご主人様がお呼びだよ」
「はい」
元気良く返事をして軽やかに地面を蹴った少年が、ガラス張りの小さな庭から走り出た。
健康的な小麦肌とオレンジ色の艶やかな髪が太陽を連想させるアマネは、三ヵ月前に商品としてこのショールームにやって来た。
名前の後ろにつく511とはアマネという商品が外に送り出された数――販売数のことだ。
にっこりと嬉しそうに笑うアマネと、今から彼の恋人になるであろう女性の後姿を分厚いガラス越しに眺め、イブは大きな溜息とともにヘタリとその場にしゃがみこんだ。
――今日もダメだったな……。
気落ちしたイブの後方で、所員が悪びれもせず呟く。
「在庫くんはあと一日で廃棄か」
――在庫くん、だって……。
胸を鷲掴みにされたような息苦しさを感じ、イブは力なく笑った。
在庫くんとはイブのことだ。
買い手がつかないまま二年ほど経過した頃から、イブは研究所中の人間達に在庫くんというあだ名で呼ばれるようになった。
彼らにはそれが蔑称だという意識はない。
イブは人間ではないからだ。
ショールームと研究所が併設されたこの施設では、ラバーズと呼ばれる人工知能搭載型・擬似恋人ロボットの開発と研究が行われている。
その初期モデルとして誕生したのがイブだ。
開発グループLOVE LOVERS――通称LLは『あなたに夢中な理想の恋人』として人間そのものに見えるラバーズ を発売した。
しかし当時は知名度の低さと価格の問題から顧客がつかず、巻き返しを図るため起用した有名デザイナーのおかげで爆発的な人気を獲得し、LLはTOKYOのみならず世界中を席巻する存在となった。
件のヒットメーカー、シン・シブタニがデザインを手がけるラバーズは飛ぶように売れ、今やLL運営の柱と言っても過言ではない。
先ほど511体目の契約となったアマネもシブタニデザインの一つだ。
対するイブは三年前からずっとこのショールームに常駐し、名前に続くナンバーは1のまま更新なし。
製造から丸三年を迎える明日までに引き取り手が現れなければ廃棄処分は免れない。
解体してリサイクルに回される運命だ。
「なんで上手くいかないんだろ……」
イブはしゃがんだまま、綺麗にセットした髪をくしゃくしゃに掻き乱した。
少しでも良く見せようと努力したところで華のある最新型のシブタニシリーズには叶わない。
乱れた髪の隙間からヘアピンがこぼれ落ちたが、拾う気にもなれず溜息に溜息を重ねる。
「あと一日で、在庫くんから廃棄くんに降格だ……」
そもそもイブというラバーズは全てにおいて中途半端なのだ。
擬似恋人ロボット第一号ということで、男女両方に受け入れられるよう癖のないデザインと性格設定にされた結果、全てにおいて控えめな爽やか草食系男子のイブが誕生した。
夜のお相手としての商品であるにも関わらず、それをほとんど匂わせない清潔感が足を引っ張っている。
見るからに地味でターゲット層の曖昧なイブは、男女両方に受け入れられるどころか、そのどちらからもスルー対称となっていた。
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