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第2話

――在庫……廃棄……在庫……廃棄……。 二つの単語にぐるぐる支配されているイブの頭を、不意に誰かが撫でた。 隣にしゃがみこんだ男は地面に落ちたヘアピンを拾い上げ、「ほい」と眼前に突き出す。 「ミスターシブタニ!」 端正な顔が視界に入り、破顔したイブが名前を呼ぶと、当の本人は眉間に皺を寄せ勢いよくデコピンを繰り出した。 痛くもないのに反射的に呻き声を上げたイブにもう一度デコピンをお見舞いし、シブタニが拗ねた声で小言を口にする。 「やめて、それだけは……」 「ミスター?」 「もう、言ったそばから! ミスターとか堅っ苦しいのはナシって俺いつも言ってるでしょー」 「そうでした――じゃない、そうだった」 たどたどしいタメ口で返事をすると、「よーしよし、エライぞイブ!」と大げさに頷いた男が、小ぶりな頭を力いっぱい撫で回した。 シブタニだけは、イブを在庫くんと呼ばない。 それがイブにとってどんなに特別なことか、彼は知らないのだろう。 神出鬼没な有能デザイナーはフラリとショールームに現れては雑談をして去っていく。 本人曰く、消費者の目線に少しでも近い位置に立つことで、より良いアイディアやデザインを生み出したいから――だそうだ。 おかげでこうして定期的にシブタニに会えるのだから、イブは彼のプロ意識に感謝せざるを得なかった。 例え彼が世界中から賞賛される天才で、LLのお荷物である自分との格差を見せつけられようとも、シブタニだけがイブの小さな世界の光であり、憧れだった。 「今日のヘアスタイルは気に入らなかった?」 下から覗き込むようにイブの前髪を弄びながらシブタニが尋ねた。 色素の薄い茶色の瞳に見つめられると、途端に人工臓器が不整脈を起こす。 「ち、ちがうんです! シブタニが教えてくれたアレンジを気に入らないわけない。……せっかく試してみたのに誰の目にもとまらなくて、それで……」 在庫くん相手に協力してくれたシブタニへの申し訳なさと不甲斐なさのせいで、目に水分がせり上がる。 塩水の粒が溢れる前にシブタニが親指の腹でそっと拭った。 「落ち込んじゃった? ……君は本当に感情豊かだね」 「豊かなのかな。僕にはわかりません。ただシブタニがいろいろ協力してくれたのに、この一ヶ月全然成果を出せなかったのが悔しくて……」 「そんなこと気にしなくていいよ。イブはいい子だね」 いい子いい子と繰り返しながらシブタニがイブの頭を撫でる。 どうして才能の塊のような人が廃棄寸前の崖っぷちラバーズを気にかけてくれるのかはわからないが、一ヶ月ほど前「もうすぐ処分されるかもしれない」と告げたイブに「買手がつくまであがいてみようよ」と言い出したのは彼だった。 できることといったら髪型や身に付けるものを変えてイメージチェンジを図ることくらいだったが、デザイナーのシブタニはセンスがよかった。 ヘアピンを使ったアレンジや、彼の研究用ウィッグ、私物のショールや眼鏡などを貸し出してくれたおかげで、素朴なイブに少しばかり華がプラスされた。 ひとりでも毎日取り組めるよう手製の『シブタニ's Style Book』という小冊子まで手渡された時には、人工脳に埋め込まれたチップが危うくショートするところだった。

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