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第29話

一瞬、俺の腰に回した手の力を緩める。 天野さんは、俺がもっと遊んでいると思っていたんだろうか・・・。 生憎、中学3年で、自分の性癖に不安を感じてからは、女の子の側には行かない様にしていた。 あの娘に誘われる前にも、電車の中や映画館で女の子の視線を感じることはあったけど、すべて気づかないふりをしてきたんだ。 自分に向き合うのは、正直怖い。 15や16で、将来の形が決まってしまうような気がして、出来るだけ現実から逃げていた。 「なんか・・・・もっと遊んでる子なら、押し倒してやろうかと思ったけど、止めとくな。」 そう言ってソファーから立ち上がると、近くに置かれたリクライニングチェアにもたれる。 「天野さん・・・。聞いてもいいですか?天野さんが自分の性癖知ったのっていつ頃ですか?」 「・・・オレは、中学2年の時には感じていたなぁ。バスケ部の男の先輩を好きになったから。でも、そのころは女の子にも興味があって、身体は女の子の方が先。手っ取り早いっていうか、その時は男を相手にどうするのか分かんなかったし。」 椅子の上で大きく伸びをしながら話してくれたが、もう一度俺に向き合うと 「で、その友達の事をどうしたいんだ?俺に相談されてもなぁ・・・」 と、困った顔をした。 困らせるつもりはなかったのに・・・。 ただ、聞いてみたかったんだ。もしかして、俺にもそういった要素があるんなら聞いておきたい。 いま、こういう機会に自分の中のモヤモヤを解決しないと、一生このままの様な気がして・・・・。 俺は立ち上がると、天野さんの座るリクライニングチェアに手を掛けた。 「あの、・・・友達ってのはウソで、実は俺がホモかもしれなくて・・・・。」 正直に言ってしまった。この方が気持ちも楽になる。 「・・・・・今どきの子で、千早くんみたいなモテそうな男の子が、キス2回って変だなって思ったよ。じゃあ、キス止まりか・・・・、その先は怖い?」 下から見上げられて、俺の視線はまっすぐ天野さんの目にいった。 俺の顔を覗きながらも、だらりと垂らした俺の腕を握りながら話す天野さん。 鼻で笑われるかと思ったのに・・・・。少しだけ安心した。 「中学の時、付き合っていた彼女とキスしたけど、全然興奮しなくて、そこで終わって・・・・。そのあとなんとなく男友達と変な感じになってキスされちゃって・・・・。そっちの方が、興奮したんだ。それに、・・・・。」 「勃起しちゃった?」 天野さんは、ごく自然に聞いた。 「うん。」 俺も正直に答える。 「・・・・・、それだけじゃ分からないな。学生時代の友情って、時に近すぎて錯覚してしまうからな。女でも男でも、一時は同性とそういう行為をしてしまうこともあるさ。興味の方が先に立つっていうか・・・」 「でも俺、そういう事には興味がないような気がする。・・・・分かんないけど。」 本当に分からなかった。 さつきにはおかしいと言われ、桂にはホモかもって言われて、そっちの言葉ばっかりが俺の中に残っている。 「そっか・・」 立ち上がった天野さんは、俺の身体をそっと抱き寄せると言った。 「試験が終わったら、この間の家に来るか?・・・頭ン中で考えても、グルグル空回りするだけだろ?!」 耳元で天野さんの声が響く。 嫌だと振りほどけば、身体が離れられるくらいの力しか入れていなくて、決して無理強いはしてこない。 そういう所は、信頼できる人だと思えた。 力なく添えられただけの手に、もどかしさを感じた俺の方が、天野さんの背中に腕を回してしがみ付く。 今は、この胸に縋るしかない。 俺の不安を分かってくれる、唯一の存在だから・・・・。 「はい、・・・・。」 俺は、熱のこもった消えそうな声で答えていた。

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