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第38話
バスは、桑田さんの通う塾のある大通りに停車した。
俺もここで降りて、家まで歩いて帰ろうと思ったから彼女の後に続く。
夕方の人通りの多い時間帯で、ザワつく通りを並んで歩くと交差点に差し掛かり「俺はこっちなんで。」と言って手を振る。
「じゃあ、有難うございました。・・・あの、秀治くんによろしく。」
そう言って手を振ると、桑田さんは通りを歩いて行った。
よろしくって言われても・な・・・。
交差点で信号待ちをしていると、向かいの通りで同じように信号を待つ人が。
見覚えのあるその人は、隣にいるキレイな女の人と楽しそうに会話をしている。
俺が見ている事には気づきもしないんだ・・・。
信号が青に変わりゆっくりと歩き出すが、俺の視線は前から来る人にずっと釘付け。
「おっ!!千早くん。・・・出掛けてたの?」
その人が、やっとすれ違いざまに俺に気づいて声をかけてくれた。
「うん、・・・またね!」
軽く笑うと顎を上げて前を向く。
その時、後ろで女性の笑い声が聞こえ、俺の胸はちょっとだけチクリとした。
横断歩道を渡りきって後ろを振り返る。
向かいの通りを並んで歩くのは、天野さんと知らない女性。
- 彼女・・・・?
じゃないよな。・・・特定の相手はいなさそうだし・・・。
〔バイ〕っていうのは都合がいい。
その日の気分で男を抱いたり、女を抱いたり・・・・・。
俺には無縁の世界だ・・・。
本当は、今夜は天野さんの所へ行くはずだった。
柴田に付き合って俺がキャンセルしたんだけど、だからってすぐに別の相手を連れているってのが気に食わない。
別に、俺と天野さんは付き合ってる恋人同士じゃないけど・・・・・。
なんだか今日の俺は変だ。
桑田さんには恋する乙女の話を聞かされて、おまけに桂が俺にウソをついた事も分かって、自分の知らない事ばっかりがぐるぐると頭の中を回っている。
突然身体をひるがえすと、信号が変わる手前で猛ダッシュして横断歩道を渡り切った。
そのまま天野さんの店のある方向へ走って行くと、目の前に二人の姿が・・・。
「天野さんツ!!」
俺は大声で名前を呼んだ。
天野さんは、キョトンとした顔をして振り返ると俺を見る。
隣の女の人もつられて見てくるが、そんなのは構わずに俺は天野さんの腕を取った。
「ど、どうしたんだよ・・・、いったい・・。」
「俺と約束してたの忘れた?」
「え?・・・イヤ、そっちがダメになったって・・・。」
天野さんはちょっと困った顔になる。
「あの、・・・・?」
隣の女性も訳が分からず困っているようで・・・。
「・・・ごめん、用を済ませないといけないからさ、千早くんは上の部屋で待ってて。2時間くらいかかるけど、いい?」
「うん、いいよ。」
上の部屋っていうのは、美容室の上に借りているマンションのこと。
営業中は、そこが事務所の役目をするらしい。チーフとかスタッフも出入りするから、ゆっくり寝る訳にはいかない。
でも、店が終わって帰りが遅くなる時は、そのままあの部屋に泊まる事もあるようで。
天野さんは何処でも眠れるって言ってる・・・。
俺は、言われた通りエレベーターで上に上がると、天野さんの部屋へと行った。
預かったカギで中へ入ると、テーブルの上に外国の雑誌が無造作に置かれていて、今日はスタッフが来ていないんだなと思った。
スタッフが出入りする時は、きちんとテーブルや机の上をかたずけておいてくれる。
天野さんは、スタッフ任せの所があって、ここでの生活の全般を周りの人にしてもらっているようだった。
離れた自宅だけは、天野さんが管理しないといけなくて、一応きれいにはしている。
- はあ・・・、うちの母親だったら大目玉だよな。
ちゃんとかたずけろってうるさいのなんの・・・・。
俺は、雑誌を整えて片隅に置いた後で、一人ポツンとソファーに腰掛けた。
なんだか勢いで来てしまったけど、何をしたかったんだっけ・・・・・?
ゆっくりと天井を見ると、しばらく考えて目を閉じる。
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