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第86話

 真っ赤な革張りのソファーに腰掛けた天野さんの前に立ち、桂は腕組みをしたまま。 「で、話したい事って何ですか?」 切り出したのは桂の方で。 まんじりともせず、腕を組んだまま天野さんに視線を注ぐ。 「........気が短いなあ。桂くんはいつもこんな感じなのか?」 と、俺の方に顔を向けると聞いてくるが、急に振られて俺も焦る。 「え?・・・あ、・・・うん。こいつはわりと気が短いかも・・・。」 そんな事を言ってしまって、桂の顔を見たらムッとしているようだった。ヤバイと思った。 真面目な桂に、冗談は通じない。しかも、初めから喧嘩ごしの口調で、天野さんに何を言おうって思ったんだろう。 「あの、桂・・・、もう帰らねぇ?俺、カットしてもらいに来ただけだし、勉強もしなきゃならないし、さ.......。」 「千早は帰ってもいいよ。天野さんに話があるのはオレだから。」 そんな事を言われて帰れるはずもなく.......。 「そうか........,分かった。千早くんを自分のヨメにでもしたつもりか?なんでも言いなりにさせるっていうのは、どうかと思うけどな。」 天野さんは、ソファーの上で足を組み替えながら言った。 流石にカッとならない所は大人の対応なんだろう。でも、俺は二人の間でドキドキが止まらない。 「ま、いいや。オレの話を聞いてくれるっていうのなら・・・。もう分かっていると思うけど、千早くんとオレは関係を持ったし、オレは千早くんが可愛くて仕方ない。本当は、君たち二人の事を応援しようかと思ったんだけど・・・、ヤメタ。」 「は?・・・天野さん、何言ってんですか?!」 急に俺たちの関係を掘り返してもらっても・・・・・。 とっくに俺と桂の事は納得しているものと思っていたんだ。 「・・・アンタはずるい。大人だし、金も地位も名誉もあるし・・・。自分の性癖に悩んだ千早を自分の玩具にしようとしてる。」 桂は、天野さんの顔を凝視すると、目を背けずに話している。 そんな姿を見ると俺が辛くなる。俺は桂を選んでいるのに.....。 「変な事を言うなよ。玩具になんかしてないさ。オレは千早くんをもっと高みに連れて行ってやりたいだけ。それに、彼の身体も大好きだから、ネ。」 そういうと、ニヤッと笑った。 - ああああぁ、 なんだか、すごい事を言いそうで怖い。 「ふざけんな、そんなのたぶらかしただけのくせに。千早はオレのものだ。アンタには渡さない!!」 桂が組んでいた腕を解くと、ソファーににじり寄ったから、俺は焦って間に入った。 こんなバカみたいな事で、殴り合いとか、シャレにならないよ。しかも男の三角関係みたくなってるし・・・ 「桂、やめろよ。俺は誰のものとか・・・そういうんじゃなくて、でも、俺はお前を選んだんだ。ずっと一緒に居るって言ったろ?!」 天野さんには背を向ける格好で、桂の肩を掴んで言ったが、その手を振りほどくように身体を捻った。 「・・・・」 一瞬、三人の間があいて、張り詰めた空気が俺たちの身体を包み込む。 「へ、ぇ。そうなんだ・・・。ずっと一緒にネ・・・・・。なら、オレの出る幕はないって事かな?!」 天野さんが首を傾げながら、俺と桂を見る。 その顔は、残念そうでもあり、納得した様でもあった。 やっぱり大人だ・・・・。 桂の肩に手を置くと、俺は促す様にその場を離れようとしたが、急に桂がしゃがみ込んで床に手をついた。 「オレから千早を取らないで下さい。・・・お願いします。」 ソファーに身体を預ける天野さんに、土下座をする格好で、桂が言う。 ビックリした。 そこまでする事じゃない・・・。と、桂の横に座ると、その手を剥そうと引っ張るが、びくとも動かない。 「・・・ちょ、ッと・・・。」 流石に天野さんも慌てたようで、身体を起こすと立ち上がった。 それでも、桂はじっと床に手をついたまま。 「オレには、千早しかいないんです。..... だから、千早を取らないでください.......。」 「.....桂っ!!そんな事........」 驚く俺に、そっと顔を上げた桂が話し出す。 「正直、親の事もじいちゃんたちの事も、全部オレには重荷だった。・・・けど、近くに千早がいてくれて、オレは学校へ行くのが楽しかったし、毎日お前とつるんでバカな話聞かされても飽きなかった。昔から、千早はオレの支えだったんだ。」 「桂・・・・・。」 名前を呼ぶ事しか出来なかった。 両親の事で、辛いとは思っていたけど、俺を支えに思ってくれていたなんて。それは今日初めて知った事。

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