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第85話
心地よいジャズの音が、目を閉じた俺の脳内をリラックスさせる。
そんな美容室のBGMに混じって、女性の囁くような声が聞こえるが、気にするのも面倒で黙っていた。
毛先を整えた天野さんはハサミを仕舞い、俺の髪を両手で持ち上げるとバサリと降ろした。
濡れた髪が艶っぽくて、微妙に出たウェーブは普段の俺とは違う雰囲気を醸し出している。
いつもは自分の顔をこんなに見ることはないのに、あの写真を見た後だと、どう違うのか気になるところだ。
自分では、女みたいな顔だと思ったことはないんだけど、この髪型のせいで言われる事はあった。
天野さんに言わせると、母親似という事で・・・。
「男の子で長髪の似合う子ってなかなかいないんだけど、千早くんはずば抜けて似合うね。ホント、モデルをするといいのに・・・。」
俺の肩に手を乗せると言うが、すぐにクスッと笑った。
「まあ、そんな気はないんだろうね。」
鏡の中の俺の顔は、全く興味のなさそうな表情で、俺の性格を分かっているのか、天野さんはそれだけ言うとドライヤーのスイッチを入れる。風に煽られて、俺の長い髪は気持ちよさそうに揺れた。
すっかり乾いた髪に、甘い香りのヘアーオイルをつけてもらうと、軽く指先でセットされる。
全てが終わって、俺が椅子から立ち上がると、こちらを見ていたエリコさんが近づいて来た。
「千早くん、これからモテちゃって大変よ?!さっきのお客さんも、この写真の人誰ですかって・・・・ここに居る千早くんの事教えたら、キャーって、喜んでたのよ。そしたら店に入ってくるもんだから・・・」
「ああ、それで・・・・・。けど、俺なんて子供ですから・・・。」
そういうと天野さんの方を見た。心の中で、なんとかしてほしいと思うばかり。
女の子にモテても嬉しくないから・・・・・・・・。
「ホントは、ちゃんとギャラが発生するんだけどね。千早くんの場合はお客さんって事になってるからさ。その方が学校の手前いいだろうし。ちゃんと埋め合わせはするから。」
「いや、いいですよ、カットしてもらっただけで・・・。じゃあ、有難うございました。」
「うん、またおいで。」「はい・・・。」
俺は、天野さんとスタッフに見送られ、美容室のドアを開けると表へ出た。
「- - 千早!」
声のする方に顔を向けて見ると、店の横のマンションの入り口で桂が立っていた。
「・・・桂・・?!」
久しぶりに会った桂に、思わず笑みがこぼれるが、俺とは反対に桂は険しい表情で......。
「何してんの?......... 千早、遊んでんの?」
俺の前で仁王立ちになって、腕を組むと桂は言った。
「え......?! 別に遊んでない。カットしてもら.....」
「チャラチャラしてる場合か?もうすぐ受験なのに・・・・。俺が勉強みてやる時間無いからか?」
そんな事を言われて何も言い返せないが、桂の言い方は、さも俺が勉強そっちのけで遊んでいるように聞こえた。
「別に遊んでないし。・・・なんだよ、エラそうに・・・。先生か?!」
「もっとまじめにやれよ。モデルだかなんだか知らないけど、こんな写真撮られていい気になってる場合じゃないだろ!」
桂の右手には、何処で手に入れたのか、あの雑誌が丸めて握られていた。
「.............いい気になんか、..............」
俺は言葉を呑み込んだ。
「- - - どうした?」
ドアから顔を出して、天野さんが俺と桂に声をかける。
その表情は、ちょっと驚いているようだったが、桂と目が合うとニヤッと口元を上げた。
「良かったら上の部屋に来ない?オレ、桂くんと話したいんだよね。」
天野さんは、桂の背中にそっと手を当てると、促す様にマンションのエントランスに移動させる。
「・・・オレも、あなたに言いたい事あるから、丁度良かった。」
「え?!・・・何言ってんだ、桂・・・」
俺ひとりが戸惑って焦るが、天野さんと桂はエレベーターの前まで歩いて行く。
- なんだかヤな感じだなぁ.............。
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