84 / 167

第84話

 「いらっしゃいませ~」 元気に挨拶をされて、ちょっと戸惑った。 いつもは俺が、こんにちは、と挨拶をして入るのに、今日は先を越されてしまう。 「あ、、、、千早くん!!」 エリコさんは、店に響き渡るような大きい声で俺の名前を呼んだ。しかも、ビックリしたみたいに・・・。 「こんにちは。・・・あの、天野さん・・・」 と言いかけて奥の方に目が行くと、カーテンを開いて覗く天野さんの姿があった。 「あ、こんちは。」 「やあ、お母さんに聞いた?」 「はい、お言葉に甘えてカットしてもらおうかと・・・、いいんですか?」 「もちろん、おいで。」 手招きされて奥へと行くが、その俺を見つめる熱い視線が背中にビンビンと刺さる。 なんだろう・・・・・? 天野さんは自らシャンプーをしてくれると、「ぅわあ、なんか、千早くんの頭を撫でまわすの久しぶりだなぁ。」と感激の様子。 「この前、写真を撮る時にヘアメイクしてくれて、俺の顔を撫でまわしてましたけど.....?」 「あ、そうだっけ?!あの時は完全に仕事モードになってたから・・・感激が薄かったんだよ。」 - え・・・、今は仕事モードじゃないっての? 俺は顔にガーゼを掛けられているので、天野さんの表情は分からないけど、耳元で息遣いが聞こえると変な感じがした。 それに、しつこいくらいに後頭部を撫でられて、ついでに耳朶まで触られて.....。 「あ、天野さん・・・・?」 「フフフ、気持ちいいですか?」 「・・・・ま、ぁ・・・。真面目にやってください。」 「ふふっ、ごめん。久々に遊んじゃった。」 「・・・・・・・・・。」 洗い髪にタオルを巻かれて、鏡の前に座る。 が、なんとなく周りの視線を感じて、鏡の中の景色を目で追った。 お客さんは二人。若い女性だったけど、こっちを見ている。 ・・・なんでだ?男の客だってくるだろ?! 不思議に思った。 もう何度もこの店には来ているけど、こんなにまじまじとお客さんに見られたことはない。 天野さんが自分のハサミを用意して、俺の横に顔を近付ける。 「どのぐらい切る?・・・千早くんは長い髪が似合ってるよ。あんまり切りたくないんだけどな・・・。」 「・・・じゃあ、襟足隠れるくらいで。」 そう言って、首の付け根を指差した。 すると、俺の周りから「え~っ。」という小さな声が聞こえてくる。 一瞬、目だけを横に向けて見ようとするが、誰が言ったのか分からなかった。 「まあ、オレに任せなさい。いい感じに切ってあげるからさ。」 自信たっぷりに、天野さんが言って、俺は任せる事にする。 自分のヘアスタイルには、特に興味がなく、面倒なんで縛れるくらいがいいんだ。 そのうち眠くなると、俺は目を瞑って終わるのを待った。 その時、周りのささやきが耳に入るが、どうやら雑誌の人とかナントカ言っていて、きっと写真の載った雑誌を見たんだろうと思った。ここは美容院だし、あれを目にする人もいるんだろう。

ともだちにシェアしよう!