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第90話 第二章 成人済み

 - - -  小さな庭の片隅で、木蓮の花が咲くころ。 北を指す木蓮の蕾が大きく開くと、それはあっという間に散ってしまい、地面に落ちた大きな花びらを掃いて集めるのは俺の日課となっていた。 桂の家の縁側で、頭に巻いたタオルを取りながら長いほうきを傍らに置くと座り込む。 「おじちゃん、もう休憩してるの?まだ5分も経っていないよ。」 声のする方を振り向くと、今年小学3年生になった甥の『謙』がソーダ色のアイスを舐めながら立っていた。 「お前だってオヤツ食べてるくせに。」 そういうと、俺は縁側から部屋に上がり込んだ。 「お母さんが食べていいって言ったんだもん。の分もあるってさ。」 「へぇ、それは有難う。・・・・あ、言っとくけど、今度俺の事をって言ったら口きいてやんねぇから。俺の事は『小金井くん』・・・分かった?」 「・・・『小金井くん』・・・って、トモダチみたいだね。」 「そう、俺と謙はトモダチ。お母さんにも言っとけよ、おじちゃんと呼ぶなってな。」 「うん、分かった。おじ、・・・小金井くん。」 「よし、・・・じゃあ、俺の分のアイスも食っていいぞ。」 「やったーッ。小金井くん有難う。」 バタバタと台所へ走る後ろ姿を見ながら、クスッと笑う俺。 『謙』は、俺のアネキが8年前に産んだ子供で、俺が大学へ入ったのと同時に、結婚したアネキと友田さんは、すぐに謙を授かった。 19歳で叔父さんになってしまった俺は、謙が喋れる頃から自分の事を名字で呼ばせている。 流石に『ちはや』と呼ばせるのは悔しくて、せめて『小金井くん』にしたんだけど、アネキが俺をおじちゃんと呼ぶもんだから、しばらく顔を見ないとすぐに戻ってしまうんだ。 そんな俺も今年で28歳になり、もう若くはないな、と感じるこの頃。 昔の純粋な頃が懐かしくもあるが、今でも俺と桂は仲良くやっている。 ただ、大人になるという事は、それぞれに我慢を強いられることも多くて、土木建築業についた桂は忙しく、昔の希望通り友田さんを見習って橋を架ける仕事に就いていた。自然に俺とは顔を合わせる時間が減る。 しかも、時々は海外への出張もあって、ひと月やふた月顔を見ない事もあった。 大学の頃はもう少し時間もあって、二人で国内旅行を楽しめていたのに・・・・。 まったく、桂の真面目人間ぶりは変わらずで、仕事人間というか融通が利かない。 俺は、というと、大学を卒業してアパレル会社に入ったが、どうも自分のやりたい事と違ってきてしまい、たった2年で辞めてからは職を転々と変えていた。でも、天野さんの口利きで、雑貨の輸入や販売をするようになると、年に2~3回は海外への買い付けにも行くようになる。今では小さな雑貨屋のオーナー。 桂の家では、身体が不自由なじいちゃんの世話で、ばあちゃんの負担も大きかったし、桂にも遠慮したのか、二人が老人ホームへ入ってしまうと、残された桂は一人きりになってしまった。 そんな桂が可哀そうで、それ以来俺は、ほとんどここに居候状態。 忙しい桂は、庭の手入れなんか出来ないし、俺がするしかなかった。 「小金井くん、お母さんには僕がアイス2個も食べたって言わないでよ?!」 そう言いながら、タバコをふかす俺の後ろで、謙が大きなアイスのカップを抱えている。 「おう、分かったよ。内緒にしといてやる。その代わり、後で草むしり手伝え。」 「うん、いいよ。」 ニコッと笑いながら、大きな口にアイスをすくって入れる。そんな謙の姿に、少しだけ癒される俺だった。 木蓮の樹に目を向けると、かろうじて残った花はまだ落ちたくないと云わんばかりに、小刻みに揺れながら必死に耐えていた。 なのに、強い風に煽られた大きな花びらは、宙を舞ったかと思うといとも簡単に地面へ落下する。 「あ~あ、さっき掃いたばかりなのに......。」 タバコをもみ消すと、俺はまた縁側から庭に降りて行った。

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