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第142話
10時の開店に合わせて店へ向かう途中、俺のジャンパーのポケットで振動が始まり、携帯の電話が鳴っていることを知る。
「は~い、何?」
軽く耳に当てて受けてみるが、相手はうちの母親。
「あのさあ、今夜店を閉めたらうちに来て欲しいんだけど。」
「ああ、いいけど。.....8時回っちゃうけどいいの?」
「ええ、うちも閉めたらそのぐらいになるし、塔子も呼んでるからさ。」
「へ、ぇ..........大事な話の続き、.......とか?」
「うん、まあね。......とにかくお願いね。あ、ご飯は寿司をとるから、ジュンくんを呼んであげなさい。」
「......いいの?おーはらに聞かせてもいい話なのか?」
「別に、いいわよ。変な話じゃないから。じゃあね。」
「うん、.....じゃ、」
会話の後も、しばらく携帯を閉じずに見たままの俺。
おーはらが、益々うちの家族に馴染んでく.........。
いい事なんだけど、いつかは離れなきゃいけないんだ。あんまり深入りさせるのはなぁ........。
気持ちのどこかでは、ちゃんと壁を作っているつもりだ。
アイツを放っておけないのは事実だけど、それは今だけの事で、成人したら俺たちは別の道を歩く事になる。
母親は、俺とおーはらの事をどう思っているんだろう。
広い通りから一本入った裏通りに行けば、いつもの日常が始まって、吉田くんが来るまでの間は俺が一人で接客に当たる。
その間にも、昨日思い描いた店の構想が頭の中をよぎる。
先ず目を引くのは、花にしたい。
それから、自然を感じる素材のテーブルやインテリア、雑貨......。
カウンターでメモ書きをしていると、「はよ~っす。」と言って吉田くんが出勤してきた。
相変わらずの軽いノリだが、仕事はキッチリこなしてくれるし、客受けもいい。
「はよ~。あのさ、ちょっと早いけど夏用のTシャツ並べといてくれる?ちょっと春めいた日なんかに目に留まる様にさ。」
「うぃっす、最近まったりした日もありますからね~。じぶんも丁度Tシャツ欲しいなって思ってたんすよ~。ちょっと奥、見てきますね。」
「.......ああ、よろしく......。」
と、まあこんな具合で、吉田くんも店の仕事をこなしてくれてるし、俺が他に目を向けても大丈夫かも、なんて思う事もある。
季節の変わり目は、服よりも雑貨の方が売れる事がある。
取り敢えずの新生活が始まると、気分的にインテリアや小物に目が行くんだろう。
狭い店内には、買い付けてきた雑貨が綺麗にディスプレイされていて、ここは吉田くんのセンスが光るところだった。
彼は工業デザインを専攻していて、勉強嫌いな俺から見たら驚くほどいろんな知識を持っている。
だからこそ、ここでの仕事も任せられるんだ。学生だから、なんて事は関係なくて、自分の持っているすべてをここで使ってほしいと思う。その分のバイト代を惜しむつもりはないし。
出した傍からTシャツが売れていき、吉田くんと気を良くした俺は、彼に店を任せてちょっと外へ出る。
桂さんの好意で、あの家を使わせてもらっているが、本気で部屋を探さないと。
おーはらの部屋は、天野さんも気にかけてくれているが、なにぶん家賃が.......。
だから、おーはらが学生のうちは、俺と一緒に住める所をみつけてもいいと思って、不動産屋を見に行った。
ひとつ、二つ、気になる物件をチェックしてから自宅へと向かうが、母親の電話が気になった。
大事な話か.....................。
居間のテーブルの上に、おーはら宛の置手紙を残す。
『帰ってきたら花屋に来るように。飯は、寿司だってよ。』
そう書いて、花屋の方に向かったが、途中アネキと一緒になり、俺たちは特に交わす言葉はなかったが、自宅へとあがって行った。
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