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第144話

 実家から戻ると、おーはらは早速風呂の支度を初めて、なんだか機嫌がよさそうだ。 帰り道、俺の手の甲がおーはらの手に当たると、そっと繋ごうとしてきた。 いつも外を歩く時、俺はおーはらとの距離をとっているが、今夜は時間も遅いし他にひと気が無かったから、ついそのままにしてしまった。それで気を良くしたんだろうか.....。 「小金井さん、何か果物食べます?」 おーはらは、そう言うと冷蔵庫を開けたが、俺は「いらない」と一言いって自分の部屋にあがった。 なんとなくアイツの気持ちはわかるんだ。俺を好きだという気持ちが、いろんな場面で現れて・・・ 成人したら離れるという前提のもと、一緒に暮らしてはいるが、おーはらはちゃんと理解出来ているんだろうか。 部屋に戻りベッドに身体を預けると、少しだけ疲れが出たのかウトウトしてしまった。 瞼を閉じれば遥か遠くの方で俺を見る桂の姿が浮かぶ。 何度アイツの側に行きたいと思った事か・・・・ でも、生きる事を選んだ。 不幸にも命を落とした人の為にも、生きている俺たちはちゃんと人生を全うしなけりゃならない。 どれほど辛くても、淋しくても・・・それは残った者の務めだと思う。 俺が彼岸花に埋もれて死んでもいいと思った時、おーはらが居てくれて助けられた。 それは、忘れる事は出来ない。 でも、だからといって俺がおーはらを恋人にすることはない。それはアイツも分かっているはずだった。 一刻も早く成人して、立派な美容師になってくれないと困るんだよな。 呟くように口に出したが、 「僕一人だけが歳をとれるわけないじゃん。みんなと同じ時間がかかるんだからさ。」 ふと横を向くと、おーはらがドアから顔を出して俺に言っていた。 「・・・・まあな、確かにお前だけ歳とるわけないもんな。一分一秒はみんな一緒だ。ゴメン」 「そんなに僕が側に居たら迷惑ですか?さっきはそんな事言ってなかったのに・・・」 少しだけ悲しそうな顔をした。 「そういう事じゃないが・・・、ちゃんと勉強して、俺を安心させてくれって事だよ。それに・・・カレシとかもできるだろ?」 「・・・・出来ません。」 おーはらが口を尖らせる。ふてくされた顔は可愛いんだけど。 「未成年だから酒はダメだけど、はじめママの所でよくしゃべっているらしいじゃないか。気にいってくれてる男がいるって、ママが言ってたぞ。」 俺はベッドから躰を起こすと立ち上がる。風呂へ入るつもりで、ドアのところまで行った。 と、「天野さんは、オーナーは小金井さんの何?どんな関係があるんですか?」 俺にしがみ付きながら聞かれ焦る。 「お、おい・・離せよ。関係なんかないから。仕事の相談をしているだけだし・・・」 「ウソだ。ママが言ってましたよ、昔はチハヤくんを可愛がってて、未だに可愛くて仕方ないって・・・。だから結婚しないんだって。」 「.......え?そんな話してんの?!........勘弁しろよ、そんな話。俺の大事な人は、亡くなった桂だけ。天野さんとはホント、仕事上のパートナーみたいなもん。」 「......嘘だよ......そんな風にみえない。」 尚も食い下がられて、幾分疲れてきた。 「おーはら、俺の事は放っておいてくれ。お前の恋人でもオヤジでもないんだ。お前はさっさと一人前になって俺の前から巣立ってくれ。いいな。」 そう言ってドアからすり抜けるようにして廊下へと出た。 「.......................」 無言のおーはらが何を思ったか、その時の俺は気にする事もなく、アネキたちの将来像も見えてきた事に安心したのか、眠気の方が勝っていた。

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