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第153話
天野さんが、リビング兼仕事場にしているこの部屋に来るのは、俺にとっては久しぶりの事だった。
昔、目を引いた真っ赤な革張りのソファーは無くなり、今は落ち着いた感じのクラシックとモダンを融合させた布張りのソファーに変わっている。トルコ製の生地を使っているとか、前にきた時に話していたっけ。
多分、何十万もする代物だろうが、俺は前の赤い革張りが気に入っていた。
ゆったりした座面と、革のヒンヤリとした感触。それが、徐々に身体の熱を奪っていく。
高校生の頃、あのソファーの上で、俺と天野さんは何度口づけを交わした事か.......。
ちょっと昔の事が頭をよぎって、向かいのテーブルで資料に目を通す天野さんの顔に視線を送る。
が、全く俺の視線には気づかない様で。肘をついて顎の先を指でなぞると「いいね、コレ」と口元を綻ばす。
「.....あ、.....でしょ?!そこのテーブルセット、少し割高なんだけど、こちらで注文したサイズに作ってくれるみたいなんです。
俺としては、真ん中にドーンと大きな樹を置きたくて、周りを囲むように配置したいんですよね。」
「おおおおぉ、いいね、いいね。それって、’花カフェ’の売りになるよな。自然の中にいるみたいでさ。」
「そうなんですよ。」
天野さんが俺に賛同してくれて、ちょっと嬉しかった。
出来るだけ費用を押さえて開店にこぎつけたいが、店のコンセプトは自然の中の癒しと、花の料理やハーブティーがメイン。
ひと目でインパクトのある風景を見せるのが狙いだ。大きな樹の周りで、美味しく料理を頂いたりお茶を飲んだり、語り合いながら時間を過ごしてほしいと思う。
「千早くんて、やっぱり感覚人間だけど、そういう所がいいんだよね。
このパースのラフも自分で描いたんだろ?すげぇウマイじゃん。」
「いやぁ、素人ですからね、なんとなくの雰囲気だけですけど。」
褒められて、まんざらでもない俺は、スケッチブックに描きためた店内の風景を説明し出す。
それをにこやかに聞いてくれる天野さん。
俺と天野さんは、いつの間にかこうして仕事がメインの間柄になってしまったが、未だに結婚しない理由が気にもなる。
はじめママがおーはらに言った言葉。
俺の事が好きだから、天野さんが結婚をしないって話..................
そんな事はないだろうけど。
天野さんはバイセクシャルの人で、女の人とも付き合えるし、現にクラブのホステスやなんかとはたまに遊んだりしているようで、朝帰りもしょっちゅうだって、エリコさんが怒っていた。
エリコさんは、天野さんのお姉さんみたいに世話焼きで、結婚して身の回りの事をしてくれる人が早く来ればいいのにって話している。俺も、たまにそう思う事があって、この人は俺なんかとは違って、普通の幸せを手にする事も出来るのにって思ってる。
俺が手を伸ばしても掴めない家庭の温もりを手に入れられるのに.........。
「・・・千早くん、そう言えば下でジュンくんと会った?」
不意に聞かれてビクッと肩が上がった。
「あ、.....はい。元気そうにしてました。」
「一昨日さ、ジュンくんのお母さんって人が店に来たんだよね。」
「え?・・・・ホントですか?!」
「うん、オレが居る時で、ちゃんと挨拶もしてくれたんだけど、なんだか様子がねぇ.........」
天野さんの口ぶりがはっきりしないので気にかかる。いつもはもっと歯切れのいい人なのに.....。
「おーはらに何か言ってたんですか?金の事とか.......」
「...........う、ん.........。何でも、預けた金がどうとかって.......、本人に聞いても何も教えてくれなくてさ。まあ、バイトは休まず来ているし、はじめちゃんの所で厄介になっているし、大丈夫だとは思うんだけどさ。」
「..........そうですか。....」
と、言ったところへ’ピンポーン’とインターフォンが鳴って業者が来たことを知らせる。
「あ、来た来た・・・・」
天野さんは嬉しそうに玄関へと行ってしまった。
俺は、背中に嫌な汗がジワリと染みだすのを感じて、さっきのおーはらの笑った顔を思い出す。
アイツが浮かない顔をしていたのは、俺に会ったからってだけじゃないみたいだな....................。
そう思いながらも、部屋に入ってきた業者の人と名刺交換をすると、また仕事モードへ切り替わった俺だった。
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