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第156話

 狭い路地裏の汚れた地面の上で、震える身体をどうする事も出来ないおーはらは、ゆっくり顔を上げると俺を見た。 「こ、がねいさん...........、僕、............ッ」 と、言いかけて口から噴き出したのは少量の吐物。 うッ、.............ぅぅ..........おぇッ......... 暫く道路に伏せる様に嘔吐すると、そのまま横にごろりと横たわった。 「おい、.............お前、酒飲まされたのか?」 俺は近づくと、おーはらの背中をさすってやった。 肩甲骨の浮き出た背中を撫でてやると「バカだな、お前は....」と口をついて出る言葉。 おーはらに放ったものだったが、それは自分自身に向けた言葉でもあった。 「起きられるか?...........仕方ないな、俺の部屋に来い。風呂に入れてやる。...........そのキタナイ躰、なんとかしろよな。」 そう言って自分が着ていたパーカーを脱ぐと、おーはらの身体を包み込む様にする。そして肩を抱いてやると、そのまま俺のマンションへと向かって歩き出した。 - - -  涙と鼻水と吐物で汚れた顔を濡れタオルで拭いてやるが、着ていた服はそっくりそのままゴミ袋に放り込んだ。下着もすべて剥すと、おーはらが自分の腰に手を当てる。 俯いて俺の顔は見ないままじっとしているおーはらに、「どうした、腰でも打ったか?」 そう言って後ろを覗き込んだ俺が目にしたものは............. 「...........、それ何のつもりだ?」 おーはらが隠す様に腰に当てた手を引き剥す。 「....................」 腰骨の少し下辺りに見えたのは、手のひらに隠れるほどの刺青。 真っ赤に咲いた彼岸花の刺青が、おーはらの白い肌に血の色の様に映った。 「お前..........、いつ彫ったんだ。うちにいる時は無かったよな?.........いや、あったのか?」 俺は記憶を遡るが、正直言っておーはらの身体を隅々まで見た事はなかった。一番最初にコイツの肌を見たのは、もうろうとした意識の中でだけ。その後は、おーはらの身体を抱き寄せる事もせずに、ただただ、身体を貸していただけだった。 「.............ファッションで彫ったのか。それとも.......」 天野さんが言っていた’ヤバイ奴らとの付き合い’の証とか......? 「これは、小金井さんの所を出てから。.......寂しくて.......」 ハダカを晒したまま答えるおーはらは、うな垂れている。 今のファッション誌やビジュアル系のバンドの奴らを見ると、こんなものはとるに足らない小さなもの。 顔や体中に、さっきの男たちの様にピアスやタトゥーを入れている連中は沢山いる。別に驚く事じゃないが............ 「彼岸花って.............なんていうか..............渋すぎだろ。」 俺は頭を掻いた。そしてフッと笑うとおーはらを風呂場へ連れて行く。 「自分の身体だし、他人がとやかく言う事じゃないけど、寂しくて刺青やピアスをするっていうのはどうなんだ?!それって、楽しいのか。」 俺は自分がそういうものをしないからわからない。痛いのは嫌だし、自分の身体をキャンバス代わりにしたいと思ったこともない。 「楽しくなんか............」 おーはらはそう言いながら風呂場のドアを開けた。 「これ’彼岸花’は、僕と小金井さんを結び付けてくれたものだから.......忘れたくなかった。ここにあれば、寂しくないかと思って.....」 そう言った後、ゆっくりドアを閉めると浴室に入って行く。 「.................」 半分透けたアクリルのドアを目の前にして、俺は脳天を叩かれた思いがした。 おーはらの、深い心の闇に、俺は何をしてやるつもりだったんだろう。

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