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第160話
------------夏休み前に’花カフェ’をオープンさせる。
それが実現して、今日は朝からたくさんのお客さんや知人が来てくれている。
それ程広くはない店内だが、真ん中に置いた『ガジュマルの木』は、存在感があって来た人は必ず「この木はなんて言うんですか?」と聞いてくる。
ある地域では『精霊の宿る木』として扱われているが、自然界にあるものは20メートルにも育つらしい。店に置かれているのは大きな鉢に植えたものだったが、そのうち葉を広げて憩いの場所としてのシンボルになってくれると思う。
その周りを取り囲むように配置されたテーブルとイス。ワックスはかけずに自然のオイルだけで処理されたもの。
「いや~本当に開店出来ましたねぇ。お客さんが入ると又、雰囲気が変わりますね。」
「ええ、本当に・・・・。内田さんや皆さんのおかげですよ。」
俺はそう言うと頭を下げた。
「いやいや、とんでもない。小金井さんのコンセプトが、皆さんに受け入れられたって事でしょう。それに、ガジュマルの木を中央に配置するところは・・・流石です。」
内田さんに褒められてちょっとくすぐったいが、あのスケッチブックに描いた通りの店内をこの目に焼き付けるように見廻した。
花屋の息子に生まれて、自然に植物や色のバランスなんかを見ていたから目が肥えたんだろうか。
花屋の手伝いは、面倒だと思ったこともあるが好きだったから・・・。
それが良かったんだろうな。
暫くして内田さんが帰ると、夕方になって天野さんとはじめママがやって来た。
何故かその日は、はじめママがパンツスーツを着込んで来たから笑ってしまう。今までどこに行くにもワンピース姿だったのに。
「どうしたんすか?その恰好・・・。面接ですか?」
笑いながら言うと、「バーカ、今日はお客さんも多いだろうし、アタシが普段の格好なんかで来たら・・・、子供が熱出しちゃうでしょ?!」と言って背筋をピンと伸ばす。
「笑っちゃうよな、はじめちゃんのこんな格好、卒業式以来だよ。ハハハ…っ」
笑った天野さんの背中をバシンツと思い切り叩くママは「明日からはいつもの格好で来るから、覚悟しなさい!」という。
「・・・はい、店の者には伝えておきます。」
俺は、ママに顔を寄せると小声で言う。今日は付けまつげも封印されていて、つぶらな瞳のママの顔を久しぶりに拝ませてもらった。
天野さんとはじめママを席に案内する。
おすすめのハーブティーを出しながら、周りの客にも気を配ると、女性に連れられてきたのか、男性の姿も多くみられた。
この自然に囲まれた雰囲気の中では、男性でも全く浮くことが無い。可愛い感じのカフェにしなくて良かったと思った。
慌ただしい一日が終わりを告げると、俺は実家の花屋に足を運ぶ。
両親が九州に行ってからは、アネキが謙を連れてここに戻ってきていた。
謙は小学校を転校することになったが、まだ小さいしすぐに友達も出来るだろう。そう思っていると、アネキがぼやきだした。
「謙は、千早に感化されてるのよねぇ・・・。女の子が苦手で困っちゃう。」といった。
「はぁ?・・・なんで俺が?・・・・・」
言っておくが、小学生の頃も中学生の頃も、俺は女の子にモテていたんだ。自分の性癖に気づいたのは、高2のときなんだから・・・・・いや、中3のあの時か・・・・・。
「・・・・まあいいけどね。お花好きの男の子でもいいって子が現れてくれたら、女でも男でも、どっちでもいいや。」なんてあっけらかんと言ってのけるから、俺の方が心配になった。
「謙はカッコイイからそのうち女の子がキャーキャー言いだすって。その時はまた別の心配をしてやるんだな。」
「え~?!・・・・・そうかしらねぇ・・・・」
アネキはまんざらでもなさそうな顔で笑うと、ショーケースの花を補充し出す。
色別に入ったバケツの花を見ると、昔、俺が考えてこういうレイアウトにした事を思いだした。
あの頃も、自分の感性だけで売れるんじゃないかと思って、実際その通りにお客さんが買ってくれた時は、本当に嬉しかった。
「晩御飯食べていく?」というアネキに、「いいや、今日は疲れたし、家帰ってのんびりビールでも飲みながら何かつまんで食べる」と言う。
「なら、ちょっと待ってて・・・・」
そう言ってリビングへあがって行くと、しばらくして袋に入れた何かを俺に寄越した。
「・・・何?」
「お母さんが送ってきた、明太子。千早にもって言って、沢山あるのよ・・・。」
はい、と渡されて、袋の中を覗けば、絶対一人では食べきれない量の明太子が入っていた。
- あ~あ、こりゃあはじめママの店で出してもらうしかないな。
「ありがと。」
そう言って袋ごと抱えて花屋を後にした俺は、ママの店のある繁華街に向かって歩き出す。
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