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第159話

 マンションのドアの前にうずくまる人影を見て、俺は「ふぅぅぅ~ッ」と息を吐く。 「おかえりなさい」 膝を抱えたおーはらが、俺に気づくと立ち上がった。 「ただいま。っていうか、何?バイトの帰りか?」 ポケットからカギを取り出すと、ドアノブに差し込んでカチャリと回す。 「昨夜借りた服。コインランドリーで洗ってきて........返します、有難うございました。」 デイバッグからゴソゴソ取り出すと、ビニール袋に入った服を俺の目の前に差し出した。 「おう、・・・・」と、片手で受け取って部屋にあがる。が、後を付いて来ないおーはらに、振り向いて立ち止まると「どうした?上がれば?」と言ってやった。 その一言が欲しかったのか、口元をあげるとニコッと微笑む。もう昨夜の様な泣き笑いではない。 「飯は?・・・俺は実家で食ってきたんだけど。明日うちの両親が九州へ行くんで、最後の晩餐だ。」 おーはらが持ってきた服をビニール袋から取り出しながら話すと、「そう言ってましたっけね。いよいよですか・・・。 僕はテキトーに食べますから、気にしないで下さい。」という。 チラリと覗く鎖骨に目が行くと、昨日も感じた事だけど、おーはらは痩せた気がした。 「お前、はじめママの所でちゃんと食ってるのか?あの人料理美味いだろ?」 今度は向き合って顔を見ながら聞いた。 「..........ま、ぁ..........でも、家では飲み過ぎて潰れている事多いし、料理は僕が作ってます。」 「あ、そうなんだ?!・・・・じゃあ、ママも助かってんな。お前も料理美味いもんな。」 「そんな事ないですけど・・・・、居候させてもらってますから・・・」 そう言って苦笑いをする。 - なら、帰ってくれば?-  なんて言葉は軽々しく言えない。 成人するまで、おーはらを預かるつもりでいたが、俺たちの繋がりは何処かで歪が出る。きっとまた離れてしまうんだろうな、と思う。 「はじめママは、口は悪いけど包容力のある人だから、出てけと言われるまでは置いてもらえ。その分ちゃんと金を貯めておくんだぞ。」 俺が言いながら、おーはらの顔を見ると、また苦笑い。 「小金井さんは厳しいな・・・・。」とポツリと言う。 「俺が?・・・・まさか、全然緩いだろ?!」驚くと聞き返すが、おーはらは真面目な顔をしてこちらを見る。 「でも、優しいんだ。・・・・・優しくて厳しい。僕はどうしていいのか分からなくなる。甘えたいのに甘えてはいけないような気がして。」 じっと見ていた顔を曇らせると、少しだけ俯いた。 「もう、・・・償いはチャラですからね。僕は、もう十分小金井さんにはお世話になったし、本当は僕の方がお礼をしないといけないのに・・・・」 「・・・・償いとかお礼とか・・・・、そういうの、なんだかな・・・」 俺が言葉に詰まると、おーはらはデイパックを肩に担ぎ「じゃあ、僕は帰ります。コレ返しに来ただけなんで。」と言ってお辞儀をした。 「あ、・・・うん。じゃあな、・・・・・」と、言った俺は、それ以上何も言えなくなって。 ただ、おーはらの後ろ姿を見送るしか出来なかった。 大きなデイバッグを見る。 あそこにはおーはらの持ち物が詰まっているんだ。すべての荷物をあんなバッグに詰め込んで、その身ひとつで転々としているんだろうか。 手を伸ばして一言、ここにいてもいい、と言ってやれば済む事だった。 ..............でも、俺は言えずに口を閉ざす。

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